KENELEPHANT 20th HISTORY
神田手帳のプレゼントも終了しており、告知しておらず、クイズに参加していただいた方々にお詫び申し上げます。
やっと、6年振りにかけるタイミングがやってきました。 それでは、ケンエレファントの第二幕の始まりです。

ケンエレファントという社名は、
ケンゾウというひとりの男の名前を
ただ英語にしただけのダジャレである。
そして、そのダジャレを思いついたのもケンゾウ本人。
つまり、石山健三のことである。
彼がケンエレファントともに歩んできた
15年をとくとご覧いただこう。

2000年2月9日自分ひとりで創業しました。
37歳・妻1人・子供1人 売り上げは、3億9000万円。
創業した日に何も想い入れはなく、「物産ダイレクトマーケティング」と言う会社に在籍中だったので、あせって、流れのままに登記した日です。
世界一のノベルティ屋になることを心に誓い、
1.歴史に残るような物を作る
2.天文学的な数字になるくらいの量を作る
3.何でも作る、断らない
をなんとなく決めました。
社名は1万個ぐらい考え、悩みに悩み、占いで見てもらったり、
すったもんだした結果、自分の名前の健三の「ゾウ」の部分を動物の「象」に転換し英語にして、「健」をカタカナ変換して、合体したのが社名のなりそめです。
入居したビルは、築80年の最高にかっこいい建物でした。
1階はほぼ同時期に入居した、臼引きの超こだわりのお蕎麦屋さんでした。
もうありませんが、本当に美味しいお蕎麦でした。
場所は、八重洲冨士屋ホルのすぐ近くでした。
独立したくてしょうがなかったので、最高にハッピーな気持ちとあせる気持ちが交差する毎日でした。
社員も7人に増えて、毎日戦争的な生活を送っていました。
売り上げは、10億の壁を破り、この勢いならもしかして!と勘違いしていました。
客先の新規開拓や、仕入先の管理などに明け暮れ、「中国にいるか?客先にいるか?サンプル買っているか?」という、ぶっ飛んだ毎日でした。
会社をつぶさないようにするのに必死で、当時の記憶はほとんどありません。
仕事の武器は、とにかく安く安く見積もりを出し、コンペに全て勝つことを目標にしていました。
新規で、ビクターさんがスポンサードしていた「2002 FIFAワールドカップ」のノベルティをやらせていただいたことが最大のニュースでした。
なんと、小学校の同級生である澤田が担当者だったのです。
小学校のクラス会があり、自分は不参加でしたが、イトチンと言う友達が参加しており、そこで偶然にも澤田とノベルティの話をし、ケンエレファントのことを言ってくれたのです。
澤田・イトチンありがとう!!!

社員も10人になりましたが、ますます無茶苦茶な日々を送っていました。
売り上げは、9億7000万です!ここから、海洋堂ボトルキャップフィギュアの快進撃が始まり、これを武器にビッククライアントを開拓していきました。
結局、2010年まで続き、計34タイトル、フィギュア総生産数1億5000万個も作ってしまいました。
2002年は海洋堂企画は1タイトルだけでした。
一番最初に海洋堂企画を決めてくれた、サッポロビール飲料様!ありがとうございました。

社員は12人になりましたが、まったく落ち着きません。
売り上げは、15億4000万です。
大手ビールメーカーさんとの取引が拡大し始め、発注数に比例して不良品やクレームの山を築いてしまいました。
いっぱいの愛と仕事をいただいたサッポロビール様!ありがとうございました。
感謝してもしきれません。
いろんなことにチャレンジさせていただきました。
海洋堂企画ー4タイトル
コンビニで一番最初に採用していただきましたファミリーマート様、いろんなことを教わりました。
ありがたいことです。

社員は、16名になり、部署が分かれ、がむしゃらにやって売り上げは、19億です。
ビールやペットボトル飲料のベタ付け景品を死ぬほど作りました。
クーラーバックも累計で500万個ぐらい作りました。
ドンシボリオーネグッツも300種類ぐらい作りました。
海洋堂企画ー5タイトルベネチアビェンナーレに参加。
会社を神保町に引っ越し、今度は新築のビルで、特許事務所ビルの中にあり、前が公園で窓がデカイ素敵なオフィスでした。

社員、バイトで20人。
売り上げは、信じられないような32億3000万です。
全て、スポットの積み重ねでした。
世の中、コンビニ景品戦争でした。
もう何がなんだか分からず、毎日つっ走ってました。
いわゆる、24時間働けますか?状態で、何でもオマケをつければ売れるような景品バブルの世の中でした。
ニュージーランドのWATAスタジオに原型監修の為,2回も行ってしまいました。
海洋堂企画ー11タイトル。
ちなみに9年間のトータルの客先別タイトル数は、
セブン-イレブン-11タイトル、サッポロビール-9タイトル
サントリー-7タイトル、ローソン-4タイトル、
ファミリーマート-3タイトル、コカコーラ-1タイトル、
計34タイトル

社員は17名で、現在まで、人も人数も変わらずです。
売り上げは、17億8000万です。
コールマンからライセンスを取り、たくさん作らせていただきました。
少し落ち着いてきましたが、まだまだイケイケな感じで社員皆頑張っていました。
海洋堂企画ー8タイトル

売り上げは、14億です。
不安と緊張の日々でした。
何ごともバブルははじける物で、公正取引委員会より、景品のブラインド手法は違法であるとの通達が流通各所に流れ、これを期にノベルティは、全て中身が見えるパッケージになり、販売促進の効果を落として行きました。
ノベルティ専門会社としては、致命的出来事でした。
海洋堂企画ー3タイトル

売り上げは、7億7000万で、大ピンチで、もう毎日毎日打ち合わせ、打ち合わせの日々でした。
景品の仕事はドンドン無くなりましたが、じわじわ来ていた危機感と行動が一致しませんでした。
次に打つ手を模索している、暗黒時代の到来です。
しかし、プレミアムインセンティブショーに初出展したところ、今までの顧客とは違う客先がたくさん開拓できました。
これ以降、2012年まで出展しました。
海洋堂企画ー1タイトル

売り上げは、6億3000万まで落ち込み、まさにつぶれる寸前でした。
毎日、社員と面談していました。
社員一同でやれることは全てやり、どうにか持ちこたえ、まだノベルティの可能性を信じて行動しました。
海洋堂企画ー1タイトル

売り上げは、8億8000万になり、最悪の状態は切り抜け、ホビー業界/デザイン雑貨業界等の新たな業界に進出できました。
「特撮リボルテック」を発売し、ワンダーフェステバルにもこれ以降出展しています。
デザイナーズウィークに出展。
ギフトショー出展以降も出てます。
海洋堂企画ー1タイトル

売り上げは、10億7000万です。
世の中の空気が、物を付ける販促策に対して、完全にNO!になり、ノベルティ会社から「世界を面白くする」会社にすることを決断しました。
全ての行動が、この経営理念に基づいた仕事に変わり、日々変化し、リスクを自らとって行くやり方に変えました。
「NPO法人NEWSED PROJECT」設立。
会社を神保町から猿楽町に引っ越す。
引っ越しを期に、会社の内装をikmoに頼み、廃材で作る、パンチカラーの素晴らしいオフィスができました部署を、クリエイティブ事業部、ホビー事業部、ニューズド事業部に分けました。
デザインタイド出展。
海洋堂展・特撮店開催。

売り上げは、12億7000万です。
プロパー商品が柱に育ってきました。
「リボルテックタケヤ」発売開始。
「北海道フィギュアみやげ」発売開始。
組織的には
【ホビー・ライセンス事業部】
特撮リボルテック/リボルテック TAKEYA
【スーベニア事業部】
北海道プロジェクト/スーベニアカプセル/空港プロジェクト/
ノベルティデザイン/くじプロジェクト/スーベニアラボ
【NEWSED PROJECT】
NEWSED/UPCYCLE LABEL/CLIENT WORKS/NEWSED UPCYCLE DESIGN AWARD
になりました。

2013年は、「世界を面白くしていく」ことを常に考え、アイデアを出し、行動し結果を出しました。
スーベニア事業部は、「北海道フィギュアみやげ2」、「北海道ランド」、「雪祭りグッツ」、「アロハヨコハマガチャ」、「手芸ガチャ」を、
ニューズド事業部、「台湾デザイナーズウィーク出展」、「NEWSED展開催」、
「トランスアートに参加」、「クリエーターコラボワークショップ開催」、「アップサイクルアワードの開催」を、
ホビー部は、「リボルテックキティ」、「マイリトルモンスター」を発売しました。

2014年はたくさんの商品を出す予定です。
テーマは、「お笑いプロダクトメーカー」です。
御期待下さい!


売上は、約7億円でした。ノベルティビジネスから完全に撤退しました。
試行錯誤しながら、いろんなジャンルに手を出しました。
リサイクルスタンダード、密猟、絵本プロダクト、コミケ出展、東京国立博物館等々迷いまくりの年でした。継続しているビジネスはありません。
リボルテックに助けられました。


売上は、9億4千万でした。
ムービーリボルテックやマーベルやスターウォーズ等アメコメ系が爆発しました。
ケンエレファントオリジナルのカプセルフィギュアが始まり、一発目を「手芸」をやり、フィギュアを使って、新たな市場開発をしていくケンエレスタイルを見つけました。
以降試行錯誤しながら、フィギュアメーカーの道を歩んでいきます。
未だ暗黒時代であり、社員一同もがき苦しんでいました。
その中で、「大竹伸郎」や「中川正七商店」のガチャをはじめました。
ここから、ミニチュアシリーズ、コラボシリーズ、アートシリーズが生まれました。


売上は、11億4千万でした。
「フィギュアみやげ」も全国にどんどん広がっていき、「フィギュアみやげ」のコラボとして、
JR東日本リテールと「ラッキードロップ」が始まりました。
駅ガチャがガンガン広がっていきました。
「縁起物百貨店」というソフビのシリーズを立ち上げました。
「ニコアンド」のオリジナルシリーズが始まり,鉄動博物館や特別展などもガチャがひろっがって行きました。
リボルテックも「アメイジングヤマグチ」が始まり、快進撃を続けています。
カプセルフィギュアも順調に発売が始まりました。

売上は、約12億でした。
ついに小売店をはじめました。
JR 上野駅に「上野ランド」というお土産屋を開店、クラーケン出版を始める、神保町大学を開講
コンテンツ供給側になることで、様々なことが起き始めました。
いろんな仕事で化学反応がおきまくりました。


売上は、約14億でした。
中空工房というソフビの工場を作りました。
ついに製造業にも手を出してしまいました。
海外のフィギュア展示会に出展。
ミニチュアコレクションガチャの発売。

うふふふ
また報告します。

神田手帳のプレゼントも終了しており、告知しておらず、クイズに参加していただいた方々にお詫び申し上げます。
やっと、6年振りにかけるタイミングがやってきました。 それでは、ケンエレファントの第二幕の始まりです。
売上は、約7億円でした。ノベルティビジネスから完全に撤退しました。 試行錯誤しながら、いろんなジャンルに手を出しました。 リサイクルスタンダード、密猟、絵本プロダクト、コミケ出展、東京国立博物館等々迷いまくりの年でした。継続しているビジネスはありません。 リボルテックに助けられました。
売上は、9億4千万でした。 ムービーリボルテックやマーベルやスターウォーズ等アメコメ系が爆発しました。 ケンエレファントオリジナルのカプセルフィギュアが始まり、一発目を「手芸」をやり、フィギュアを使って、新たな市場開発をしていくケンエレスタイルを見つけました。 以降試行錯誤しながら、フィギュアメーカーの道を歩んでいきます。 未だ暗黒時代であり、社員一同もがき苦しんでいました。 その中で、「大竹伸郎」や「中川正七商店」のガチャをはじめました。 ここから、ミニチュアシリーズ、コラボシリーズ、アートシリーズが生まれました。
売上は、11億4千万でした。 「フィギュアみやげ」も全国にどんどん広がっていき、「フィギュアみやげ」のコラボとして、JR東日本リテールと「ラッキードロップ」が始まりました。 駅ガチャがガンガン広がっていきました。 「縁起物百貨店」というソフビのシリーズを立ち上げました。 「ニコアンド」のオリジナルシリーズが始まり,鉄動博物館や特別展などもガチャがひろっがって行きました。 リボルテックも「アメイジングヤマグチ」が始まり、快進撃を続けています。 カプセルフィギュアも順調に発売が始まりました。
売上は、約12億でした。 ついに小売店をはじめました。 JR 上野駅に「上野ランド」というお土産屋を開店、クラーケン出版を始める、神保町大学を開講、コンテンツ供給側になることで、様々なことが起き始めました。 いろんな仕事で化学反応がおきまくりました。
売上は、約14億でした。 中空工房というソフビの工場を作りました。 ついに製造業にも手を出してしまいました。 海外のフィギュア展示会に出展。 ミニチュアコレクションガチャの発売。
うふふふ また報告します。 10年計画作りました。
2010年代後半から始まった「ミニチュアコレクション」シリーズが本格化し、カリモク家具の人気シリーズ「カリモク60ミニチュアファニチャー」を筆頭に、
文具、飲食店メニューなど実在の製品を精巧にミニチュア化したカプセルトイを次々に展開しました。
さらに老舗喫茶チェーン「コメダ珈琲店」の名物メニューを再現したミニチュアコレクションを9月に発売し、大人のコレクターから好評を博しました。
他にも“日本のキッチン”や電動工具メーカーBoschのミニチュアなど、幅広い業界とのコラボカプセルトイを展開し、
それまで子ども向けのイメージが強かったガチャガチャに“大人が本気で集めたくなるアイテム”という新風を吹き込みました。
自社ソフビブランド「縁起物百貨店」と、ケンエレファントが運営する原型製作スタジオ「中空工房」によるユニークなソフビフィギュアも躍進しました。
6月には中国・上海で開催されたワンダーフェスティバル上海に出展し、UAMOUやナカザワショーコ、PUNK DRUNKERSなど日本の人気アーティストとのコラボソフビを限定版で発表。
伊藤若冲の象をモチーフにした作品などアート性の高いソフビも手掛け、海外のホビー愛好家にも“Kenelephant”の名をアピールしました。
新事業として大人向けカプセルトイショップ「ケンエレスタンド」を駅ナカに続々オープンしました。
第1号店は7月18日、JR秋葉原駅構内にオープン。黒い筐体に金色のハンドルという高級感ある専用ガチャマシンを150台以上並べ、
子ども向けだったカプセルトイのイメージを一新するコンセプトストアとなりました。
秋葉原店オープンのわずか2週間後にはJR新橋駅改札内に2号店を開店し、
さらに12月には上野駅のおみやげ店「上野ランド」をリニューアルしてカプセルトイ専門店にするなど、コロナ禍にもかかわらず精力的に店舗展開を拡大しました。
通勤・通学途中の大人が気軽に立ち寄り“日常にスパイスを加える”場として支持され、カプセルトイ専門店という新業態を軌道にのせました。
8月にはJR東京駅改札内にアート雑貨店「VINYL TOKYO」をオープン。
気鋭アーティストの作品を扱うギャラリースペース「VINYL GALLERY」を併設し、アート作品のほかオリジナルアートグッズやソフビ作品を販売しました。
一方カプセルトイ事業でも画期的なコラボが進み、パナソニックの高級オーディオブランドTechnicsのターンテーブルなど伝説的名機を手のひらサイズで再現したミニチュアフィギュアを発売開始。
また、京都・嵐山の名所を切り取った精巧なミニジオラマ(全5種)など地域文化と模型を結びつけたカプセルトイも企画し、
商品の独自性とクオリティでメディアにも取り上げられるようになりました。
こうした独創的な企画力で、ケンエレファントは2020年時点で累計80種類以上のミニチュアシリーズを世に送り出しました。
1月1日付でアート&カルチャーに特化した出版レーベル「ケンエレブックス」を立ち上げました。
第1弾として100人の寄稿者が“二度と行けないお店”の思い出を綴ったエッセイ集『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』や、
現代美術作家・加賀美健による初の絵本『くっつけてみよう』など異色の書籍を刊行し、「ヒトがやらないことをやる」出版レーベルとして注目を集めました。
また、8月にはケンエレブックス運営によるWEBメディア「NeWORLD」を始動。
10月には東京アートブックフェア2021に出展し、先の書籍や全国の独立系書店と連携して制作したZINEシリーズ、VINYL TOKYOで展示したアーティストのZINE、
自社製作のアートソフビを展示販売するなど、フィギュアと出版・アートを横断するユニークな活動を展開しました。
ほかにも人気飲食店チェーンのメニューなど企業公式ライセンスのミニチュア展開が続き、
企業監修によるクオリティの高さがテレビや雑誌でたびたび紹介されるなど大人のホビーとして定着しました。
常設店舗が強化され、東京駅構内の商業エリアに「ケンエレスタンド グランスタ八重北店」をオープンしました。
各店共通のレトロ風ネオンサインが初登場したのもこの店舗からで、以降ケンエレスタンドの象徴的な存在となっています。
さらに夏には東京駅構内のイベントスペース「動輪の広場」に、ケンエレスタンド初の ポップアップショップ「ケンエレラグーン」が誕生。
ケンエレラグーンという名前は「駅構内などに突如現れる」様子から名付けられたもので、その名の通り毎月どこかの駅に出現する幻のガチャスポットとして旅人や通勤客を楽しませました。
以降、駅ナカを中心に期間限定で出現する“出張ケンエレスタンド”として各地に展開し始めました。
2021年夏に始まったポップアップショップ「ケンエレラグーン」は、JR池袋駅、JR大阪駅、JR仙台駅など全国各地の駅構内外に次々と出店し、
その総出店数は2021年8月〜2024年12月にかけて実に103箇所にのぼりました。
ご当地キャラクターとコラボした限定カプセルトイを開催地限定で発売する仕掛けや、カプセルトイにまつわる書籍・雑貨も併売する独自色の強い展開をしました。
商品面では、伝統工芸や地域文化とのコラボなどユニークなカプセルトイが引き続き投入されました。
例えば、老舗和菓子や地元名物のスイーツを集めた「銘菓ミニチュアコレクション」シリーズの新作や、
実在のゆるキャラとタイアップしたフィギュアなどもリリースされ、コレクション性だけでなくストーリー性のあるラインナップでファン層を拡大しました。
ソフビ事業でもイラストレーターのumaoや モニョチタポミチ と組んだアートピース系ソフビを発表し、「アート×カプセル玩具」の路線を開拓しています。
これらの試みにより、ケンエレファントはホビーとデザインを融合する企業としての評価を高めていきました。
JR上野駅構内で運営してきた「上野ランド」を大幅リニューアルし、従来の区画を拡張して 「ケンエレスタンド上野店」 を新装オープン。
さらに向かい側の旧チケット売場区画を活用し、「上野ランド」という名前も残したテーマ性のあるカプセルトイ専門店を新設。
緑を基調とした店内で上野にちなんだ限定フィギュアを展開するなど、1箇所で2店舗体制というユニークな形で上野駅における存在感を高めました。
秋葉原店では店内スペースを活用し、海洋堂リボルテックシリーズやシュライヒ社の動物フィギュアなど他社とのコラボポップアップ企画も多数開催。
自社商品のみならずフィギュア文化全体を盛り上げる場として機能させています。
また、名古屋や札幌など主要都市への出店計画が進み、翌年以降の本格的な全国展開への布石が打たれました。
テレビや雑誌で「大人も熱狂するカプセルトイショップ」としてケンエレスタンドが紹介される機会も増え、
ケンエレファントはホビー業界のみならず一般層にも知られる存在となりました。
コロナ禍の収束にともない、ケンエレスタンドの全国展開が本格化しました。1月にはJR名古屋駅構内に東海地方初となる店舗をオープン。
4月には悲願だった北海道進出として札幌ステラプレイス店、6月には関西初進出となる京都駅直結の商業施設ASTY京都八条東口店がオープンしました。
さらに横浜の観光名所・赤レンガ倉庫内にも新店舗を構え、主要都市ごとに常設店が揃う体制を築きました。
各地の店舗では、ご当地の名所や名物をモチーフにした限定カプセルトイの開発も本格化し、横浜店では中華街や港町横浜の魅力を詰め込んだ「横浜愛ガチャ」を発売。
京都店でも京都ならではの限定フィギュアを展開するなど、地域密着型の企画が好評となっています。実店舗の拡充にあわせてECも強化し、4月にはケンエレファント公式アプリをリリースしました。
札幌・京都の大型店では、超巨大カプセル筐体「ギガッチャ」や紙幣対応の「クルポンステーション」などの新たなマシンを導入し、
超大物フィギュアや大型ぬいぐるみくじといった高額景品もカプセル自販機で提供するようになりました。
札幌店では、ビジュアルアーティスト・ミック・イタヤ氏と中空工房がコラボしたアートソフビ「UNISUS PPF」のカプセル版を1回1万円で販売し話題に。
UNISUS PPFは生産のなかで余ってしまう材料から生まれた唯一無二のカラフルな作品で、3月の個展で披露されたアートピースをカプセル版として展開。
このようにケンエレファントは新たなマシンやアート思考を積極的に取り入れ、カプセルトイの可能性を広げました。
店舗オリジナル商品の開発も本格化し、各店限定カラーのフィギュアや会員向け抽選アイテムなどファンの方に喜んでいただける施策も次々に展開しています。
秋葉原に1号店が誕生してから年7月で5周年を迎えるケンエレスタンドは、この節目に向けて様々なキャンペーンや限定企画を用意しています。
4月1日には5周年記念特設サイトを公開し、5種類の人気カプセルトイを限定カラーで販売する「KENELE LIMITED COLOR」シリーズの開始や、
カプセルトイ1年分のプレゼント企画などユニークな施策を打ち出しました。また、直営店頭でのスタンプラリーやフォトコンテストなどファン参加型のイベントも各店舗で開催しています。
出店の勢いはとどまらず、1月には羽田空港に初の無人販売店舗「ケンエレポート羽田空港店」をオープンし、
24時間営業で旅行客にも対応する新モデルに挑戦しました。3月14日には新幹線停車駅のJR新横浜駅構内に新店をオープン、
4月11日には名古屋市営地下鉄伏見駅の商業施設内に中部エリア2店目を出店するなど、引き続き主要駅への展開を進めています。
常設店舗のケンエレスタンドは13店舗となり、カプセルトイの新名所として定着しました。
5月にはケンエレファントが展開する全ジャンルの商品を集めた、新業態の旗艦店「ケンエレブンシツ」を御茶ノ水駅にオープン。
“世界を面白くする”べく社員一丸となって爆走中です!!