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春がいっぱい

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2022.02.08

02 りくさんとスケキヨ

南阿沙美

写真集『MATSUOKA!』『島根のOL』で注目される写真家・南阿沙美が心動かされた「ふたり」をテーマにしたエッセイ連載。友人、夫婦、ユニット、親子、人と動物など、属性を超えて、ふたりのあいだの気配を描き出す。毎月二回更新予定。

りくさんとスケキヨ

りくさんとは、2、3回会ったことがあった。
高円寺のイベントでフリーマーケットみたいのをやって、たしか私の白いシャツを買ってくれた。そのとき彼女を撮っていた写真が1枚あって、その写真をときどき見つけると思い出すことがあったり、あと私が友だちの高円寺のカレー屋で助っ人で働いてた日に近所だと言ってカレーを食べにきたこともあった。

2018年の12月の暮れ、そんなりくさんから突然連絡がきた。
何かと思ったら、病気をして手術をするのでその姿を撮ってほしい、というものだった。
病状はわからないがとりあえずその3日後に会う約束をして、手術日という1/11は空けておくことにした。

高円寺に住んでいる彼女の、よく行くという喫茶店に入った。
歳は私より5つほど上で、何回か会った時の印象のまま、りくさんはなんとなくひょうひょうとしていて、病気のこともどこか他人事のような話しかたをする。

健康診断の乳がんの検診で以前から要再検査、という状態だったのに面倒で放置していて、重い腰を上げて検査に行ったときには、かなり大きくなってしまっていたらしい。
めんどくさいなあ、という気持ちが強く、胸への執着もないので切除することにしたという。
私が一番気になっていたのは命に関わるのかどうかというところだったが、それは切除して細胞を調べないとわからないようだ。

今まで乳がんになった女性の記事だとか、切除前や切除後の美しい身体の記録を残したい、という写真は見たことがあった。
切除することに抵抗があり、胸を残したまま闘病する女性もいる。

りくさんの要望は、胸を失ってしまう身体を写真に残したい、ではなく、
「酸素マスク姿や管で繋がれてるところとか撮ってほしい」
手術のときのいろいろな管に繋がれてる自分を撮ってほしいというもので、サイボーグみたいでかっこよさそう、と、なんかちょっと楽しみにしているような感じだ。
それはなんだかわかるような気がした。
もちろん不安もあるだろうけれど、強がっているのではなく、あまりニコニコしないりくさんが管に繋がれた自分の姿の話をするときは目がちょっとキラキラするので、これは撮ってあげたい。その使命を任せてもらうことにした。
「親に頼んだら、かわいそうだから、と断られてしまって」
それはそうだ、しかも手術して終わりではなく、場合によっては命に関わるし、転移だとか長い闘病もあるかもしれない。

年明け1月3日、手術前の姿を撮っておきたいと思った私は、りくさんの家を訪ねた。
東京の一人暮らしらしいコンパクトなその部屋には、マルチーズがいた。聞くとチワワのMIXだという。
名前はスケキヨ。前はもっと広い部屋に住んでいたそうだが、犬と暮らしたくてペットOKのこの部屋に引っ越したそうだ。
スケキヨはちょっと神経質そうな、デリケートな王子様という出で立ち。かわいい。


りくさんは、あまり自分の姿が好きではない、と言う。
そのわりには昔の写真とかを見せてくれたりして、ほんとは好きな部分もけっこうあるのではないかと思う。
乳がんをわずらった右胸は、いびつな形をしていた。

写真に撮られることを自己表現にしている人が、私は実は苦手だ。
相手の為に、相手が望むように撮ってあげなければいけないんだろうかと、自分が見ている相手とずれがあるとき、とても迷う。
私が今まで長く撮ってきた人たちは、どちらかというとどう撮られても構わない、と姿そのままでそこに立ってくれている人たちで、気が楽だった。
こう撮ってあげなくちゃという余計なサービス精神なくやれることは大事だ。相手から少しでも願望を感じると、どうしてもサービスしてしまう。
逆に、写真に撮られることが苦手な人もいる。
りくさんは自分の姿が好きではない、というのだが、今回私が手術前のなんでもない写真を撮らせてほしい、というお願いにはOKです~という感じで、好きではないといっても、見られたくない、とか隠したい、というのではないのだ。
へんな顔ですよね~とか言って、自分と自分の身体との距離が、すこし離れているように感じた。

それから1週間後の手術の日。病室に着くとすでに千葉からご両親も来ていて挨拶をした。
右胸の摘出する部分は、黒マジックでマーキングされていて、子どものらくがきのようでりくさんもウケていた。

部屋には入院のために必要な着替えやマグカップなどのいろいろなものと、お父さんが作った娘への励ましカードが、「ガンバレ!」のメッセージと一緒にスケキヨの顔写真がビヨーンと立体的に飛び出る仕掛けで、その横には小さくお父さんの顔写真も貼ってある……!
自分を貼っちゃう父の、可愛くなっちゃってる愛。心配であるのは当然だが、それが見えないくらい可愛くて面白い胸熱の励ましカード。
ちなみにお父さんは目がきらっとしたイケメンで、お母さんもほがらかで、私をやさしく受け入れてくれていて、安心した。本当は少し心配していたのだ。本人はよくても、こんなときにカメラを持って撮るなんてと、家族はよく思わないこともあると思うから。
手術の順番がきたりくさんを見送り、私は病院のすぐ向かいの大きな広場をはさんだ建物に入っているマクドナルドに移り、ゆっくり待つことにした。
となりの席には、おそらく同じ病院からちょっと出てきた白い病院着の50代くらいの男の人が、お見舞いに来たと思われるお姉さんとポテトなんかを食べていて、恋心を抱いている看護婦さんの話をしている。お姉さんはその叶わぬ恋の話を、ただ優しく黙って聞いている。

手術は思っていたより時間がかかっていた。
お母さんに連絡してみて、そろそろかもというので病院に戻ることにする。

手術後のりくさんはぼんやりしていて、マスクをしていたがなんだかとてもきれいだった。
こないだ家で写真を撮ったとき、りくさんとりくさんの身体の距離が、私とりくさんの距離くらいに離れているふうに感じた。
今は、手術後で意識がぼんやりしているせいか、自分からわざわざ離れる力が自然と奪われているかのように、りくさんがりくさんの身体にしっかり収まっていた。表情がこないだとは違っているように思った。
りくさんが自分の身体のなかにいる顔をしていて、それがとても美しくて、きれい!わあきれい!と言いそうになったけれど、色々なものに繋がれた娘の姿を心配そうに見ているご両親がすぐ隣にいるので、ぐっと堪えて黙ってばしゃばしゃ撮る。
一番大事な、りくさんが求めている写真もしっかり抑えねばならない。事前の打ち合わせ通り、お母さんに布団をめくってもらい、色々な繋がっている管と、固定されている足、酸素マスクをした姿を足下の方から、強い戦士を撮るように。任務完了。これもサービスショットの一種かもしれないが、ばっちりだ。


1ヵ月ほどして病理検査の結果、がんの進行は思ったより悪くなかったようで、ステージ2。しかし小さな転移があったため、りくさんは抗がん剤治療をすることになった。
抗がん剤治療が始まると、免疫が落ちるのでペットとは離れて暮らすべきらしく、スケキヨと離れるのが一番つらい、と言う。
なんとなく、あの部屋でりくさんという人が、ちょっと人間みたいに神経質そうな犬を可愛がって暮らしているのがなんだかいいなと思っていたので、離れる前にまた2人の写真を撮りにいった。
胸があった場所は上と下の皮膚で閉じられ、その傷は弧を描くようだった。
りくさんは、片胸のない今のほうがいい、傷がかっこよくてやっと自分に好きな箇所ができてよかった、と言う。
スケキヨはりくさんの隣にちょこんと座っている。


それからまた少し経ち、抗がん剤による脱毛が始まり、りくさんはハゲた。
それと同時に、飼い主と離れて暮らしたストレスのせいか、スケキヨのおしりもハゲた。
もうそろそろ大丈夫だろうということで、スケキヨは家に戻り、2人は仲良くハゲて暮らしているのである。
私のおじいちゃんが腰を骨折したとき、おばちゃんは手首を骨折していて、飼い犬のポメラニアンも足を骨折していて、全員骨折していたときを思い出す。
健やかなるときも、病めるときも、一緒に暮らす1人と1匹を愛しく思う。
外は暖かくなって春の花も咲き、一緒に散歩をした。

南阿沙美

Asami MINAMI
写真家。写真集『MATSUOKA!』(Pipe Publishing 2019)『島根のOL』(salon cojica 2019)。
ホームレス支援活動もしておりみなさまの捨てるのもったいない不要品回収中!

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