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春がいっぱい

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2022.02.22

03 マニ親子

南阿沙美

写真集『MATSUOKA!』『島根のOL』で注目される写真家・南阿沙美が心動かされた「ふたり」をテーマにしたエッセイ連載。友人、夫婦、ユニット、親子、人と動物など、属性を超えて、ふたりのあいだの気配を描き出す。毎月2回更新予定。

マニ親子

こうめいがもうすぐ中学生になる。ということは13年くらい、この親子を撮っていることになる。

札幌の美術短大時代の同級生だったマニが、二十代半ば頃、こうめいを産み一人で育てるということになった。
そのころには私は既に東京に住んでいたので、札幌に帰ったときにせっかくだからとおなかの大きい姿を撮っていた。そこからずっと撮っている、と言うととても熱心に2人のことを追いかけているように聞こえるが、もともとは友だちに赤ちゃんができるとになんとなく記念に撮っていたのと同じ感覚だった。
しかし、こうめいが3歳になったころだろうか。共通の友だちである夫妻の結婚式で、おめかしした親子2人にカメラを向けたとき、マ二とシンクロするように動きだしたこうめいのポージングに、被写体としてのポテンシャルを感じ、お!?と衝撃が走ったことをよく覚えている。

その翌年の春に、ディズニーランドのチケットが当たったとかで2人が東京に来ることになり、ついでに七五三の記念写真を撮ろうということでスタジオで撮影をすることになった。七五三ぽい正装と、なんとなく体育着を用意した。
こちらは何も指示せず、2人もこうしようねと相談するわけでもなかったが、撮影が始まるとシャッターを切るたびに2人が同じ顔をして同じ動きをしてどんどんポージングを切り替え、私はその感動に操られるようにバシャバシャと写真を撮っていた。
撮った写真を見せたら、マニも非常に不思議そうにしていた。
説明のつかない二人と私のグルーヴが生まれていたと思う。


それから、今度はユニバーサルスタジオジャパンのチケットが当たったとかで私の大阪の展示とタイミングを合わせ大阪で遊んだり、鳥取島根、東京横浜、私が札幌に帰ったときにはマニの家でご飯を食べたり泊めてもらったりと、色々な時期に色々なところで会い、そのときどきの写真が残っている。

男の子なのでおふざけ期があったりもしたし、いつか「写真なんて嫌だよ」という時期が来て、マニしか写ってない時期があってもおもしろいかもしれないな、と思っていたが、今のところそのような気配はなく、それどころか機嫌が優れないときでも、「じゃあ撮るよ」と言うと、サービス精神なのか、反射なのか、ばっちり写ってくれるのだった。


こうめいが5年生の夏、マニにも「この先なかなか親子で一緒に旅行に行ってくれなくなるかもしれない」という気持ちがあったようで、北海道から新潟の佐渡島への旅行を計画した。
その年、私は2冊の写真集の出版と全国あちこちでの展覧会で頭がぐるぐる猛烈に忙しかったのだが、「佐渡か…」と気づいたら大阪での展覧会の後に新潟に向かって合流していた。

快適な船の旅にて両津港に到着し、この後の行程をマニに尋ねると、佐渡での一泊は海辺でのテント泊の予定だが、その周辺に何があるかは全くわからないとのこと。私は完全にマニに任せていた。
食事がどうなるかもわからず、そもそもたどり着けるかわからないと言う。佐渡島の交通事情が全くわからない。
何もない場所に3人取り残されることを想像し、飢えるわけにはいかないと、港のお店で見たことない新潟の甘いお餅や柿ピーやパンなんかを選ぶ。トキのイラストが入った牛乳パックがとてもかわいい。楽しみながらも頭のかたすみには最悪の事態を想定して本気で買い物をした。


佐渡の港から目的の海まで直接行けるバスがないらしく、どうするのかと思ったらマニが、「ヒッチハイクをする」と言って小さなホワイトボードをバックから取り出し『素浜キャンプ場』と書いた。
ちょっと驚いて、北海道でどこか行くときもやるのか?と聞くと「やったことない」と言う。こうめいにもヒッチハイクポーズを促すが、あんまりやりたくない様子で、夏の暑さでうなだれている。

私も人ごとのように見ている場合ではないと思い、気の進まないまま、やったことのないヒッチハイクポーズをやってみた。

そうしてるうちに、こうめいもやらない訳にはいかないという感じになり、しばらく3人でがんばってみたものの、止まってくれる車はない。

まあちょっと歩くか、ということになり暑い道をしばらく3人で進んでいると、佐渡島ではふつう人が歩かない道をよそ者感丸出しで歩いているのに気づかれてしまったのか、一度私たちを追い抜いた2台の車がスピードを落とし、しばらくして止まった。

「どこに行くんだー?」と話しかけてくれたおじいさんと、その後ろの車には私とマニの少しだけ上くらいの世代の、義理の息子さんがいて、私たちが海水浴場に行きたいということを伝えると、少し遠回りして乗っけて行ってくれるという。途中、きれいなひまわり畑があり、わざわざ車を止めてくれた。

海に着くと、ちょうど夕方で光がきれいで、こうめいは潜りまくって海藻を拾ってはしゃいだり、遠くに行ったり戻ってきたりして、マニは浮き輪で揺れていた。
水着なので、こうめいの長くなった手足がよく見える。頭は前からすでにマニよりこうめいの方が大きくなっていた。
今日も前にマニが着ていたシャツをこうめいが着ているし、私がマニに譲ったセーターも、ときどきこうめいが着ていたりもしていた。身長はまだマニの方が高いけどきっともうすぐ抜くのだろう。
2人のことを意識的に撮り始めたときは、身長を追い越すくらいまでは撮りたいなあ、なんて思っていたけどあっというまだ。
佐渡の海ではとてもいい写真が撮れた。

心配して買い込んだ食料は余るくらいで、安全なテント泊をし、翌朝マ二がタクシーを呼んで、佐渡のたらい舟体験へ。
車に乗り込むとき、運転手さんが私たち3人を見て「4名様?」と聞いてきたのがお盆らしい。
目的地の民宿に着くと、80代くらいの高齢のかわいらしいおじいちゃんが出てきて、タクシーの運転手さんとは知り合いだったようで2人で再会を喜びあっていた。
今日は佐渡名物のたらい舟体験に磯釣りとお昼ご飯がついているらしい。宿からすぐ近くの浜辺までおじいちゃんの車で向かった。

青い海に、まるいたらい舟を浮かべ、先にマニとこうめいが乗りこみ、おじいちゃんが漕ぎながら教えてくれる。
おじいちゃんの麦わら帽子にはツバにフリル感がありフェミニンだ。
次は私も乗るかというときに、「はい、じゃあお母さんも。」とおじいちゃんに言われた。だとしたら先に乗った2人はなんだと思ったのかと一瞬思ったが、たらい舟に揺られてる間に忘れた。

じゃあ次は磯釣り、と簡単にエサの付けかたなんかを教えてくれたと思ったら、いつの間にか車と一緒におじいちゃんの姿が見えなくなった。
たらい舟、磯釣り、お昼ご飯、というプランはまさかおじいちゃんのワンオペなのか!?いまごろ民宿に戻って大急ぎで食事の準備をしているのでは!?と想像するとものすごくおかしくて愛しくて、マニと一緒にお腹をかかえて笑ってしまった。

3人とも磯釣りがうまくいかず、あきらめて反応のない竿ときれいな海を眺めていたら、車でピューっとおじいちゃんが再び現れ、「お昼だよ~~!」と私たちを呼んだ。
民宿へ戻ると、おいしそうなオニギリとお味噌汁などのお昼ご飯が用意されており、「このオニギリはどなたが……?」と恐る恐る期待を胸に秘めて聞いてみると、どうやら息子さんが作ってくれたようだ。
そりゃそうか、という気持ちでマニと顔を見合わせ、腹ぺこのこうめいと3人でおいしくいただいた。
畳の縁が魚模様でかわいかった。

息子さんがバス停まで車で送ってくれて、お土産やさんで少し買い物をしてバスが来るのを待った。
一泊二日だったけれど佐渡で暮らすおじいさん世代とその息子世代にお世話になり、地図で見る佐渡の輪郭に、人々と一緒に流れている時間も思い浮かべられた気がする。
フェリー乗り場の少し手前で降り、トキ保護センターでとても大事にされているトキを遠くから眺めた。


さて、こうめいくんが6年生になった2020年は、COVID-19の影響で旅行もできず、運動会などの学校行事もかなり人数を減らして行われたという。
札幌の2人の家は広く、車庫によくスズメの巣が出来てはヒナが落下し、どうにもならずマニが保護し家で育てるということが何度もあった。
マニが子供の頃はハスキー犬を飼っていたらしいので、新しい家族を新たに迎えるなら鳥や犬なんじゃないかと思っていたら、最近、白い仔猫を引きとったようだ。

どこかで捨てられていたひん死の猫を保健所から引き取り、チャペという名前を付け、溺愛の日々を送っている。
チャペは白い毛に、耳の内側はピンク色で目は水色で美しい。顔はなんとなくこうめいに似ている気がする。
マニとこうめいにチャペが加わり、2人だけの時とはまた違う時間が始まるのだろう。

2人に、次はこういう写真を撮りたい、と『ダリと猫と椅子』の写真を見せた。こうめいは笑いながら、マニは真顔で「わかった。」と言った。

南阿沙美

Asami MINAMI
写真家。写真集『MATSUOKA!』(Pipe Publishing 2019)『島根のOL』(salon cojica 2019)。
ホームレス支援活動もしておりみなさまの捨てるのもったいない不要品回収中!

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