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2022.03.08

04 いたむらさんと酒井さん

南阿沙美

写真集『MATSUOKA!』『島根のOL』で注目される写真家・南阿沙美が心動かされた「ふたり」をテーマにしたエッセイ連載。友人、夫婦、ユニット、親子、人と動物など、属性を超えて、ふたりのあいだの気配を描き出す。毎月2回更新予定。

いたむらさんと酒井さん

2018年、まだ知り合ってまもなかった2人組音楽ユニット「その他の短編ズ」がヨーロッパツアーに行くと聞いて一緒に行ってみたくなり、ドイツのツアーだけ同行した。
2人とも名前がひとみさんで、お互い敬語で小鳥のささやきのように話す。日本語はわからない人たちに、その他の短編ズの音楽がもたらす反応を見ていると、表現の持つ衝動的なうつくしさを実感する。2人とも結婚していて、もりわきさんは普段福岡、いたむらさんは東京に住んでいる。

いたむらさんは旦那さんである酒井さんと「けれん」というユニットも組んでいて、ヨーロッパツアーの後、はじめてライブを見た。
短編ズのときのいたむらさんと様子が違って、ちょっと焦っていたので、旦那さんとやると緊張するのかな?という感じで見ていたのだが、後から聞いてみたら、その日初めてのアルバイトの後そのままライブで気が乱れていたとのことだった。旦那と一緒だと感じが変わってしまう、私の知らない一面なのかと思ったら違った。

その翌年、私が鳥取の本屋さんで展示イベントをやったときにはけれんもライブをやってくれて、ずっと仲良くしてもらっている。
2020年の年明けに、2人の写真を撮ってみたいなと思って家に遊びに行った。
酒井さんとゆっくり話すのは初めてだった。お土産を買い損ねて結局近くのローソンでお菓子と雪見だいふくを買っていったのだが、酒井さんはアイスは雪見だいふくが一番好きなんです!と言って喜んでくれてよかった。
酒井さんは大食いだが、料理がぜんぜんできないらしく、いたむらさんがヨーロッパツアーで家にいないときはちょっと痩せてしまっていたらしい。

2人の会話もけっこう敬語だ。家の中で、せまい場所の後ろを通りたいときなどには「あ、ちょっと、すいません、すいません。」なんて言いながら通ったりする。居酒屋みたいだ。
そしてお互いにいたむらさん、酒井さんと呼び合っており、これは2人きりのときでも変わらないらしい。
外で会ったときもそうだったが、酒井さんは家の中でもなぞのウェストポーチを腰に付けている。腰痛が心配になるボリュームなので気になって、一体なにが入っているか尋ねた。
いたむらさんは少し顔をゆがめながら、「これは、、あんまり見ない方がいいかもしれません……」と言う。酒井さんも迷っている様子だ。
そう言われるともちろん余計に気になり、「見たい」とリクエストすると、酒井さんは不器用な動きでチャックを開けてくれた。
なかなかの量の、想定していなかった量の、何か、粒が大量に入っていて、目が理解できなくて私の脳内にはハムスターが食べるひまわりの種に変換されてしまった。
酒井さんは、そのひまわりの種があるといざというとき安心らしく、いつも持ち歩いているということだった。
見せてくれたお礼を言うと、チャックは閉められた。いたむらさんが「酒井さん、初めて人に見せたんじゃないですか」と言った。
ちょっとうれしい。


家の中で撮影をした後、商店街の方へ出かけ居酒屋に入り、お正月のサービスで金粉入りのお酒で3人で乾杯した。
「けんかとかあんまりしないの?」と聞くと、「たまに……」と言って突然2人がお互いに「昨日はすいませんでした」と、昨日なんかあったらしく、自分が悪かった、いやこちらがちゃんと気づいてなかった、と反省し合っていた。

15:30になると、酒井さんの携帯のアラームが鳴った。
酒井さんの仕事が休みでいたむらさんが酒屋のパートがある日は、その後スーパーで買い物をする。
酒井さんは大食いでお米がすぐになくなってしまうから、お米を頻繁に買わなくてはいけなくて、いたむらさんの仕事終わりの時間にお迎えに行くためのアラームをセットしているらしい。
アラームをオフにしてしまうと迎えに行く日に戻し忘れてしまうから、アラームは毎日かかるようになったままで、それでこの日もアラームが鳴ったのだが、2人で家でゲームしているときにも鳴るらしく、いたむらさんのいる前で「いたむらさんを迎えに行かなきゃ」と言うみたいで、かわいい。

 

ご飯を食べに行ってメニューを決めているときの2人が好きだ。
酒井さんは大食いだが、いたむらさんはどちらかというと小食なので、酒井さん大盛り、プラスいたむらさん普通盛りの分からもらうなど、2人の食べる分をトータルで計算して選ぶことが多いという。
最近一緒に定食屋に行ったとき、2人ともカツ丼と蕎麦の両方食べたくてひとつずつ頼んで2人で食べていたのだが、酒井さんが途中で蕎麦に胡椒をかけまくった! 料理をぜんぜんしない酒井さんに家でご飯だけでも炊けるようになってもらわないとと思っていたむらさんは炊き方を教えたのだが、彼はいつも何かを混ぜて若干へんな味になるらしい。
しかも、何を入れたかは教えてくれない。
私は菜の花の天ぷらが載った蕎麦に七味をかけて食べてながら、めちゃくちゃ胡椒のかかった蕎麦を「味がへん」と言いながら食べているいたむらさんと、その隣で蕎麦と交換したカツ丼に取りかかっている酒井さんを眺めていた。へんなものを入れるなと彼を矯正することなく、味がへんなまま暮らしているんだな。
えらいなあ、と思う。でもそれは、がまんには見えなくて、折れている、でもない。そのまま暮らしているのである。


けれんのライブではふだんはまったりしている酒井さんのいたむらさんを見る目が甘くなくなりきりりとしていて、こちらもちょっと緊張する。
酒井さんがソロでやっている曲をいたむらさんが歌うのもすごくいいのだ。そこに更に酒井さんの声が重なるとことばを分け合っている感じがする。
いたむらさんは、その他の短編ズは、もりわきさんと自分がお互いにあんまり自分と変わらない感覚で、けれんは、酒井さんと自分とは違うからきれいに混ざろうとせずに、少しずれているままやろうと思ってるんです、と言う。
酒井さんはどう思っているか聞いてないけど、それもきっとそれぞれに違うから、べつべつが混ざって聴こえてくる一つになった音楽が、落ち着かず、どこへ行くのかわからず、ずっと聴いていたくなるのかもしれない。

ひとりではできないことだから、音楽のそういったところが、本当にいつも羨ましく思う。

写真を撮るとき、私は、私の場所から2人を眺めている。

このあいだ、2人に「結婚して何年だっけ?」と聞いたら酒井さんが「3年です」と答え、いたむらさんが「そうなんですか!?」と驚いていた。
このくらい他人ごとで他人と一緒にいられるのも、いいなあと思うのである。

南阿沙美

Asami MINAMI
写真家。写真集『MATSUOKA!』(Pipe Publishing 2019)『島根のOL』(salon cojica 2019)。
ホームレス支援活動もしておりみなさまの捨てるのもったいない不要品回収中!

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