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春がいっぱい

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2022.05.10

08 たかおさんとお母さん

南阿沙美

写真集『MATSUOKA!』『島根のOL』で注目される写真家・南阿沙美が心動かされた「ふたり」をテーマにしたエッセイ連載。友人、夫婦、ユニット、親子、人と動物など、属性を超えて、ふたりのあいだの気配を描き出す。毎月2回更新予定。

たかおさんとお母さん

何度か写真で見たことのあったたかおさんのお母さんは、会うともっと可愛くて、よくきたねえ、と何度も言ってくれた。その玄関にはお母さんが好きなもの、かわいい置物などがきれいに並べられていて、わあ、という気持ちは「おじゃまします」におしこんだ。
手土産を渡して、たかおさんが急須を取り出しお茶を入れる。お母さんの一人暮らしの家だが、たかおさんはドイツから帰国すると福岡ではいつもこの家で過ごしている。
部屋はとてもきれいで、私たちの親世代のような、昔からずっと置いてあるものがたくさんあるような埃っぽい雰囲気はまるでない。
その代わりというか、こどもたちの写真を収めたアルバムがきれいに並べられている。
たかおさんの小さいころ、若いころの写真も見せてもらった。ロン毛で上半身裸の写真と、爽やかに馬に乗っている写真が衝撃的で、思い出すとどうしても混ざってしまい、上半身裸でロン毛で馬に乗ってるたかおさんが現れる。
お母さんは今も昔もずっと可愛くて、あまり変わらない。
よく整頓された部屋の向こうには洗濯物をたくさん干せる広いベランダがある。お母さんは洗濯好きで、たかおさんが帰省して泊まると、めちゃくちゃ洗濯されるらしい。洗われないように隠しておいたズボンもいつの間にか洗われてしまうという。
私も洗濯はとても好きでそれゆえに、なんていうか、あんまりやっちゃ贅沢なのかもしれないとどこかで思っていて毎日は洗濯できないのだけど、お母さんの洗濯っぷりを見ていると私ももっと洗濯することを許されるような気がしてきた。
お母さんは私のことを「あさちゃん」と呼んでくれて、その呼ばれ方は初めてでかわいすぎるけどうれしい。
お母さんはたかおさんのことは昔から「たかお」と呼んでいたが、最近になって「たかって呼んでいい?」と、突然「たか」と呼ぶようになったらしい。
だいぶ大人になってから呼ばれ方が変わるのってどんな気分だろうか。

福岡の滞在期間はふたりでお母さんの家に泊めてもらっていたが、お母さんは早朝には仕事で出ていくので、居間で寝ている私たちは寝ぼけまなこでお母さんの朝の支度をうっすら見ていた。夜遅くに家に帰らせてもらうと、おやすみしているお母さんのシルエットをうっすら見ながら、大きな音を立てないように寝支度をした。

昔お母さんとたかおさんと弟さん、犬3頭で住んでいたという家をふたりで見に行ってみることにした。
当時、福岡で地震があり、お母さんは仕事の途中だったが、その家の裏は山になっていて、地震で山から岩が落ちていたらどうしようと、犬たちや家が心配になって早退して帰ってきた、という話を聞いていた。
15年ほど前まで住んでいたが、たかおさんも久しぶりで今どうなっているかわからないと言う。駅から大きい道に出て、山の方に曲がり緩い坂道を登っていく。
車で通るならぎりぎりの道幅。この辺りは新しい家は建てられないようになっているらしい。この一帯の、一番上にある地帯にはそれほど時間もかからずに着いた。
「あった。」
と、たかおさんが言うその家は、動くことなくそこにあった。そして玄関先や窓から、知らない家族の生活の気配がする。

街の中にある小高い山の麓なので、少し下から見上げるような感じで、しばらく眺める。昔住んでいた家がそのままに今もあり、もう自分は入ることができず外から眺めるという経験は私にも何度かある。
場所は変わらずあり続けて、うちとそとが丸ごと永遠に入れ替わってしまったような。
彼(橋本貴雄)の写真集『風をこぐ』は、路上でケガをしたフウちゃんという犬を福岡で拾ってから大阪、東京、ドイツのベルリンまでを過ごした11年間の写真の記録だが、フウちゃんを拾った時には既にエリとスズという犬たちがいて、3頭が写っている玄関の写真はこの家のものだ。当時のお母さんの写真もたくさんあった。何度も写真で見ていたので、おーここが、という撮影スポット巡りのような気分にもなるが、犬たちはもうみんないないのでやっぱり入れ替わってるのは生を営む側なんだなと思い知らされる。
「あれ?」
たかおさんが、ただ懐かしむではなく、なんだか変な感じで声を出す。
「俺の部屋がない。」
2階に自分の部屋があったというのだが、
「2階がない。」
全体的にリフォームしている様子だったので何がどう変わっているのかすぐにわからなかったが、いま立っている場所からは確かに2階が見えない。2階が、ない⁉
右や左に回って見ても、屋根なのかなんなのか、どうしても下から見上げているのではっきりとは見えない。
ここが2階が見えない角度なのか。奥にあるのか。裏に回って少し上から見てみたかったが、さすがに人が住んでいるし敷地内に入ることになるのでそれは諦めた。
隣のおうちは庭の草がぼうぼうで、人が住んでいる様子はない。
あのじーちゃん、◯◯さんもういないのかな、生きてたら90歳くらいだ、とたかおさんが言う。
近所のお家を少し見ながら、住人に会うこともなく、引き返すことに。俺の部屋はどこへというモヤモヤが溢れる足で、坂道を下っていく。

車通りのある少し大きめの道路に出ると、このへんにあるという探題塚、神社の案内看板があった。塚?とは墓か。探題?なんとなく気になり、たかおさんもそういえば行ったことがない、と言うので行ってみることにした。
家のある側から山の輪郭に沿って少し回った先に、探題塚につながる入口があり登ってみることにする。
あまり人が訪れることがなさそうな、少しカサカサした雰囲気。一体ここはなんなのか、案内板によると、元寇、当時のモンゴル帝国の日本侵攻、鎌倉幕府が来襲に備えて探題を置いた場所のよう。
つまり、どうやら鎌倉時代にこの山から元軍の襲来を見張っていた、ということだ。家の真裏の山が、そんな山だったことをたかおさんは知らなかった。
塚や、何かの跡、文字が書かれた石など、全部がぼんやり存在しており、その奥の方は草で茂っている。
もっと奥に行けばあの家の裏山に繋がっているのではないかと思って、私は前のめりに歩みを進めて、たかおさんに行ってみようと誘うが、本人はこわいと言う。
元々住んでいた頃からこの山のことは怖くて、登ったことはなかったようだ。当時は狼のようないでたちの野犬もいたそう。
「二人いるし大丈夫!」と私から管理されていない向こう側、草の茂みに進むと、後ろからたかおさんもついてきた。
人が歩いた痕跡があるようなないような。10分もしない、5分くらいだろうか、だんだんそれほど高くない草の隙間から人里が見えてきて、山の端の方へ進む。あの家が山の上から見えるのではないかと、山の端に出た。
「あった!」
たかおさんも、山の上からあの家を見るのは初めてだった。そして、
「2階がないね。」
700年前に、福岡の海の向こうからくる敵を見張っていた山だと知ったばかりだったので、なんとなくそんな視点で福岡の街を眺めていた。
二つの時代に同時にタイムスリップしたような。敵はいないようだが住んでいた家の2階だけがない。時が混ざる。2階がどこかにある気もする。

お母さんが休みの日に3人で車で出かけることにした。私たちは前日長崎にいて、福岡に戻ってからの待ち合わせで、お昼ごはんを一緒に食べるつもりだったが時間が少し遅くて、行ってみたかったお店のランチタイムには間に合わなかった。他を探してもなかなか店がなく、もう“牧のうどん”しかない。
たかおさんはもう10年ドイツのベルリンに住んでいて、一番食べたくなる日本の食べ物といえば牧のうどん、というのを聞いていたので、福岡に着いた初日に食べていた。
あくまで地元のうどん屋なのでお母さんは、牧のうどん……?と微妙な表情を浮かべていたが、もう他に選択肢はなく、ちょうどいい場所にあったので、もう牧のうどん! 私にとってはまだまだ特別。
たかおさんはもちろん帰省中2度目でも嬉しいし、1日2食、3食うどんでもいいらしい。
初日は駅にある少し狭い店舗で混んでいたけど、この店は広くて、時間もお昼から少し外れていたせいもあってほかのお客さんもあまりおらず、ゆっくり食べられた。
食べても減らずに微妙に増えてる気がするふわふわのうどん。

福岡の市街地から博多湾の向こう側にある、志賀島に行くことになった。外は天気も良くて福岡の海も街もきれい。
お母さんは清掃の仕事をしていて、最近タワマンの清掃を回り始めたところだった。タワマンだからさぞかし眺めはいいのだろうと思っていたら、そのタワマンは変わった構造で、共有部分、お母さんが清掃するような廊下には窓はないらしい。
おんなじような場所を何フロアも清掃するのは、デジャブみたいで私だったらわけわかんなくなりそうだ、とちょっと心配になったが、仕事から帰ってからも、お母さんからタワマン清掃についての不満は一切聞かなかった。
車の窓からタワマンが見えて、お母さんの仕事の話になったのだが、「もう二度とタワマンは見たくない」と告白してくれた。たかおさんも、無理しなくてもいいと思うよ、と言う。お母さんの遠くを見つめるその無表情がおもしろくて少し笑ってしまったが、やっぱり気を遣って私がいる間は後ろ向きな発言は控えてがまんしていたのだと思うと胸がぎゅうとなる。
そしてお母さんが座る後部座席の向こうに見える、福岡のタワマンがどんどん小さくなっていく。もう二度とタワマンは見たくない、という言葉のうしろ、タワマンとの別れは昼間の星屑。妙な輝き方をして見えた。

島に着いて、神社のある小さい丘に登ったり、海を見たり、ゆっくり散歩をした。
いろんな種類の桜があちこちで見られて、ヤシの木と桜が並んだりもしていて、北海道で育った私には珍しく見える。
お母さんがあさちゃんと撮って、と言ってお母さんと私の写真はたかおさんが撮った。
私も歩きながらふたりの写真を撮った。
もっと撮ればよかったかな。たかおさんとはお別れしてしまったので、もうこうしては会えないものだろうけど、でもなんとなく大丈夫な気がする。
2階はないけど家はあるってことかもしれない。それか2階だけどこかにあるかもしれない。そんなわけないかな。
これからも仲良く、元気でいてください。

南阿沙美

Asami MINAMI
写真家。写真集『MATSUOKA!』(Pipe Publishing 2019)『島根のOL』(salon cojica 2019)。
ホームレス支援活動もしておりみなさまの捨てるのもったいない不要品回収中!

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