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2021.12.20

14 新しい波と混沌[3]
オルタネイティヴなAVは、なぜ生まれたのか

安田理央

1981年に発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』にはじまるとされるアダルトビデオは、その誕生から今年で40年を迎える。欧米のポルノビデオとはまったく異なる独自の進化/深化をたどり、世界の性産業に影響を与える日本のエロビデオ文化を、アダルトメディア研究家の安田理央が、その前史から現代に至るまで、メディア、流行、社会状況、規制との駆け引きなど多様な視点から歴史化する連載。

異端の集団・V&Rプランニング

カンパニー松尾、バクシーシ山下、平野勝之らが先鋭的な話題作を連発していた90年代のV&Rプランニングは、AVファン以外からも注目を集めていた。

平野勝之が言う「AVの本道とは違う」作品をこれだけ作ることが出来たのは、V&Rプランニングが「鬼のドキュメンタリスト」の異名を取る安達かおる監督が率いていたメーカーだったからだろう。

安達かおる監督自身が隠された人間の業を描くことにこだわり、多くの異色作を発表している。3人の障害者男性が男優として出演した『ハンディキャップをぶっとばせ』(1994年)のようにビデ倫から審査を拒否されて販売中止となった作品まである。


『ハンディキャップをぶっとばせ!〜ぼくたちの初体験〜』(1994)

安達かおるは、当時のV&Rプランニングの姿勢についてこう語っている。

ビデ倫の審査に通らないことに関していえば、一切気にするな、責任は全部会社が取るからって、監督たちにも徹底して言いましたね。もちろん、会社にとっては損失ですけど、いかにビデ倫と戦ってメッセージ性を強めていくか、それが自分にとってのひとつの課題でしたから。(井川楊枝『封印されたアダルトビデオ』彩図社、2012年)

平野勝之の証言。

V&Rはほかのメーカーと違って、作家主義みたいなところがあった。〔……〕安達さんは、おまえたち、ビデオでしかできないことをやれ、って言ってて、ちょっとでも中途半端でつまわないものをつくってしまうと、逆に嫌がられて来られるんですよ。ほかのメーカーでは中途半端でも売れるものをつくるとか、ちゃんと絡みが撮れているものが喜ばれるんだろうけど、V&Rは違った。もっとちゃんとビデオ屋にしかできないことをやれ。徹底されてるものだったら、別にセックスなんかなくても大歓迎だぞ、という感じで。ここまでやればいい、というような評価のされ方だった。まぁ、安達さんはね(笑)。営業は悲惨だろうけど(笑)。(平野勝之・柳下毅一郎『「監督失格」まで 映画監督・平野勝之の軌跡』ポット出版、2013年)

カンパニー松尾の証言。

当時のV&Rは安達かおるを筆頭にバクシーシ山下、平野勝之らと「どれだけ面白いことをやるか」合戦になっていた。(『AV30 メーカー横断ベスト!!! カンパニー松尾8時間』ライナーノート、オールアダルトジャパン、2011年)

90年代前半のこの時期に、これだけ実験的なAVが多く作られたのは、なぜだろうか。そうした作品がAVとしてリリースされることが可能だったという状況は、現在のAVの現場にいる人間にとっては信じがたいだろう。

90年代初頭のAVに何が起こったのか?

2012年に新宿のトークライブハウス、ネイキッドロフトで、筆者の企画・司会による「90年代初頭のAVに何が起こったのか?」というトークイベントがおこなわれた。出演者は、カンパニー松尾、バクシーシ山下、平野勝之、ゴールドマンの4人。この時期に起こったAVのムーブメントの実情を当事者に語ってもらおうというイベントだった。

どうしてこの時期に、実験的なAVをリリースすることが出来たのかという筆者の問いにカンパニー松尾は、当時のAVメーカーの体質によるものだと応えた。

松尾 エロ業界自体が今と違って……。今は会社的な、組織的な、企業的な対応してるんですよ。でも昔はエロ本あがりなんですよ。社長もみんなワンマンなんですよ。企業ではないんです。今の人は売上よかったら前年比で伸ばしていこう、シェアを伸ばそうとか言うけど、その当時は全くそういうこと考えていなくて、単純に不動産買ったりヨット買ったり外車買ったりしてた。企業としての経営なんてなかったの。そういうセンスもないし。だから逆にいえば、売れてるからいいやってのほほーんとした感じで不動産買って失敗したりとか、そういう業界だったの。

ゴールドマン 商店街のオヤジが、ゴムでぶら下げたカゴに売上いれてね、みたいな世界だよね。

松尾 だから社長クラスでも真面目にお客様のためにとか、これが売れないんだ、どうしてくれるんだとか考えてる人はいなかったと思う。

平野 たかがエロビデオじゃんみたいのはあったんじゃないかな。

同じようなことは80年代のエロ本業界でも起きていた。カラーページではヌードグラビアを掲載していながらも、一色ページにはエロとは無関係のカルチャー記事が満載という雑誌も珍しくなかったのだ。

80年代からエロ本ライターとして活躍し、現在はAV監督として多くの作品を手掛けているラッシャーみよしは、かつてのエロ本の状況について証言している。

カラーページにハダカを載せていれば、モノクロページは好き勝手やっていいというのがエロ雑誌の伝統だったんですよ。売れてさえいれば、社長も営業も内容には口出ししなかった(『週刊SPA!』2008年1月3・10日号、扶桑社)

同じようなことをカンパニー松尾も2012年のイベントで語っている。

松尾 僕なんかは会社に対してある程度の売上の確保は出来てしまうので、だったら会社の金をどれだけ無駄遣いするか、楽しく使うかしか考えてなかった。

松尾はV&Rプランニングの社員であり、プロデューサー的な立場でもあったため、山下や平野らの「AVの本道とは違う」作品を積極的に制作していた。

松尾のハメ撮り物はセールス的にも悪くなかったし、『若奥さまゴルフレッスン あ〜私のオーガスタ‼』(1992年)のようなベタなAVも積極的に撮っていた。そこで売上を確保しつつ、実験的な作品もリリースしていたということだ。


『若奥さまゴルフレッスン あ〜私のオーガスタ‼』(1992)

レンタル時代が生んだ実験的AV

また当時のAVがレンタル中心だったことも、大きかった。

レンタルショップは毎月多くのAV作品を仕入れるため、メーカーごとにある程度の枠(本数)を決めて発注することが多かった。その場合、実際に内容を見て作品を選ぶわけではなく、事前に配られるパッケージ見本やリストを見て判断するわけである。

V&Rプランニングの山下や平野などの「AVの本道とは違う」作品にしても、『わくわく不倫講座』のように、ベタなAVのようなタイトルをつけ、内容とは全く関係のない、いかにもAV的な写真をパッケージに使っている。

平野勝之監督の『わくわく不倫講座 楽しい不倫のススメ』(1995年)は、前作『アンチSEXフレンド募集ビデオ』に登場したAV女優・志方まみとの不倫関係を描いたドキュメンタリーとして始まるが、途中で志方は平野の元を去り、連絡も取れなくなってしまう。しかし作品は続き、別の女優を使って数年後に帰ってきた志方まみとの再会を描き、さらにその十年後に奇病に犯されて死を待つ状態となった彼女が登場する。十年後の志方まみを演じるのは、なんと井口昇(!)。そして平野は浜辺で志方まみの死を看取る。ラストシーンには実際の平野と妻のセックスシーンまで登場する。


『わくわく不倫講座 楽しい不倫のススメ』(1995)

ドキュメントと虚構が渾然となった意欲的な傑作であるが、明らかに通常のAVの枠は逸脱したものだ。

しかしパッケージには本編には登場しないバスローブを羽織った男性と裸の女性が抱き合った写真と、「あたし、こんな女ぢゃなかった……」「くんずほぐれず、男と女 2人の男と2人の女 それぞれ立場の違う4人のそれぞれの不倫のススメ、色んなパターンで皆が笑ってる…。」「夫以外の男はイイ! 女房以外の女はもっとイイ!!」と言ったキャッチコピーが書かれているが、ここからその壮絶な内容を想像することは不可能だ。

そしてレンタルショップでAVを借りる客にとっても、それは同じだ。不倫物のAVだと思って借りたら、AVともドラマとも判断のつかない異形の作品なのだ。パケ写詐欺などというレベルではない。

現在であれば、ネットのユーザーレビューで炎上してしまうかもしれない。

松尾もイベントで「パッケージをごまかしていれば、ある程度本数は出るので、それを利用して楽しいことをする」という発言をしている。メーカーの社長が客のことなど考えていなかった、と言っていたが松尾たちも客のことを考えていないのである。

しかし、この時期にレンタルショップでのAVユーザーはまとめて数本借りることが多かった。一本あたりのレンタル料金が数百円と安かったからだ。

そのため、一本がハズレたとしてもそう気にしないという状況だったのだ。

これが90年代後半から台頭してくるセル(販売)用のAVとなると一本が数千円という価格のため、必然的にユーザーの目も厳しいものになるのである。

レンタル時代のAVは、メーカーにとってぬるま湯のような状況だったと言われることも多いが、この時期に先鋭的で実験的なAVが生まれたのも、こうした環境があったからだとも言える。

いずれにしても彼ら4人をはじめとする20代の監督たちが、AVの新境地を切り開いていったことは間違いない。

成人映画の下位互換的な立場から始まった日本のアダルトビデオは、全く新しい表現メディアへと成長していったのだ。

AVはオナニーのためのツールであるという前提は変わることはなかったが、「AVはこんなことまで描けるのか」と感じた者も決して少なくなかった。 

<参考資料>

井川楊枝『封印されたアダルトビデオ』(彩図社、2012年)
平野勝之・柳下毅一郎『「監督失格」まで 映画監督・平野勝之の軌跡』(ポット出版、 2013年)
『週刊SPA!』2008年1月3・10日号(扶桑社)