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春がいっぱい

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2022.03.14

23 レンタル vs. セル[3]
AV OPEN開催と芸能人ブーム

安田理央

1981年に発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』にはじまるとされるアダルトビデオは、その誕生から今年で40年を迎える。欧米のポルノビデオとはまったく異なる独自の進化/深化をたどり、世界の性産業に影響を与える日本のエロビデオ文化を、アダルトメディア研究家の安田理央が、その前史から現代に至るまで、メディア、流行、社会状況、規制との駆け引きなど多様な視点から歴史化する連載。

デジタルモザイク戦争

90年後半のインディーズ=セル黎明期においてモザイクの薄さ(ピクセルの小ささ)を競っていた時期があったことは前に述べたが、それとは別のアプローチでモザイクの影響を弱める手法が開発された。それがデジタルモザイクである。

その先駆けとなったのは桃太郎映像出版が1998年に開発した「デジ消し」である。桃太郎映像は1994年の創立当初は「薄消しの桃太郎」との異名を取るほどにそのモザイクは細かかったのだが、1996年に警察の指導が入ってからは方針を転換し、新たな「モザイク」を編み出したわけだ。

動画を1コマ1コマ修正すれば、細かく範囲指定が出来るはずという発想から産まれたのが「デジ消し」だ。しかしそれには手作業で1コマずつ修正をしてくという膨大な労力がかかる。最初の作品は3人がかりで1ヶ月も要したと言う。何しろ動画1秒間あたり30フレームの静止画1枚1枚の性器部分を範囲指定してモザイクを入れていくのだ。1人で作業すると8時間かけても処理できるのは2分ほどなのだ。

完成した作品は画期的なものだった。性器そのものだけにモザイクがかけられ、フェラチオシーンなどでは唇や舌の動きがはっきりと確認することが出来た。

まず実験的に洋ピン作品で試した後に、人気シリーズの「B☆Jean」などの5タイトルをデジ消しで発売した。その反応は凄まじく、池ノ内るりの出演作などは、3万本以上というメガヒットとなった。この結果を踏まえて、桃太郎映像はデジ消しに舵を取っていく。

これまで「薄さ」を競っていた修正に、「範囲」というベクトルが産まれたのだ。性器自体はしっかりと隠しているこの修正ならば、「わいせつ」に抵触することはないはずだ。

桃太郎映像の「デジ消し」に続けとばかりに他社もデジタルモザイクを採用する。ソフト・オン・デマンド、レアル・ワークスは「デジモ」、ムーディーズは「ハイパーデジタルモザイク」、S1は「ギリギリモザイク」、アイデアポケットはマックスモザイクなど、各社それぞれに名称をつけているが、基本的なしくみは「デジ消し」と同じである。


『超デジモ nao』(2005)

それ以前にも、AVではモザイク以外の修正は模索されていた。

そもそも80年代初頭のAV黎明期には、まだモザイク修正は一般的ではなく、アングルによって局部が映らないようにするピンク映画的な手法や、下半身全部を覆ってしまうような大きな白いボカシを入れたりする修正が主流だった。SM物などでは、縄やシェービングクリームなどで物理的に局部を隠すことも多かった。ブラックパックや通販ビデオなどでは、その部分をネガポジ反転させる、股間に金粉を塗る、といった乱暴な修正も行われていた。色は変わるものの、もちろん形状はまるわかりというグレーな手法だった。

モザイク修正がAVのスタンダードとして定着した80年代半ばにおいても、アリスジャパンなどは、クロマキー処理を効果的に使った「ズームアップ」シリーズや「ザ・バイブル」シリーズ、強い光を当てることによってハレーションを起こさせる「フラッシュバック」シリーズなど、様々な修正方法に挑んでいた。


『フラッシュバック 冴島奈緒』(1987)

しかしビデ倫の規制が厳しくなり、せっかくの新機軸の修正が認められなくなってしまったため、結局はモザイク修正のみとなっていった。

その後は修正の進化は停滞するが、非ビデ倫審査のインディーズAVが登場したことで、再び活発化していく。

1997年にはソフト・オン・デマンドがクロマキー処理を大胆に使用した「クロマキーフェラ&アナルファック」シリーズを発売したり、桃太郎映像が色数を減らすポスタリゼーション修正を「信玄ボカシ」という名称で使用したりと様々な工夫が行われていた。薄消しもそうした延長にあったと言えるだろう。


『クロマキーフェラ&アナルファック 細川百合子』(1997)

そして合法的な修正の究極的な形として誕生したのがデジタルモザイクだったのだ。

2000年代半ばのセルビデオ市場では、モザイクの薄さがセールスを左右する状況だったため、大手メーカーはこぞってデジタルモザイクを採用した。しかし、デジタルモザイクは手間もコストもかかった。修正だけで1本あたり100万円以上という金額が制作費としてのしかかった。

ソフト・オン・デマンドは、2005年にデジタルモザイクの自動処理システム「デジエモン」を開発するなどしてコストダウンを図った。

一方、元祖である桃太郎映像は、モザイクのピクセルの境界をにじませる「MOE」(Momotaro Original Effect)という新手法のデジタルモザイクを開発する。

2000年代後半は各セルメーカーがこうした修正技術を競い合っていたのだ。

第1回AV OPEN開催

2005年12月14日、ホテルニューオータニのメインフロアで「第4回SOD大賞」発表会が行われた。SOD大賞発表会はソフト・オン・デマンドグループの作品や女優に対しての授賞式なのだが、その席上でAV業界を巻き込む一大イベントの開催が発表された。

「AV OPEN あなたが決める!セルアダルトビデオ日本一決定戦」である。ソフト・オン・デマンドと東京スポーツの共同主催で、全16社のセルAVメーカーが参加し、エントリー作品の売上げによって、日本一のセルAVメーカーを決めようというイベントだ。

これまでに監督が競うMVG主催の「ザーメンチャンピオンカーニバル」やドグマ主催の「D-1クライマックス」、あるいは2004年のムーディーズとV&Rプランニングの対抗戦などは行われていたが、これほど多くのメーカーが戦うという大規模なイベントはAVの歴史でも初めてのことだった。


『AV OPEN2006 公式ガイドブック』(2006)

しかも参加するのは、アイエナジー、アウダーズ・ジャパン、アロマ企画、SODクリエイト、エスワン、甲斐正明、グレイズ、ディープス、ドリームチケット、ナチュラルハイ、ヒビノ、プレステージ、ミリオン、ムーディーズ、レアル・ワークス、ワープエンターテインメントと当時の大手主要メーカーが、ほぼ顔を揃えている。

また本選とは別に若手監督が競う「チャレンジステージ」も同時に開催された。

優勝賞金は1000万円、賞金総額2500万円。名誉総裁としてリリー・フランキーを迎え、AV業界の枠に留まらない一大イベントでセルAV業界を活性化させようというのが目的だった。華やかなイベント好きのソフト・オン・デマンドらしい試みだと言えよう。

各メーカーが1作品をエントリーし、2006年5月1日に発売し、6月までの2ヶ月間の実売本数で順位を決めるというルール。エントリー作品のジャンル、制作費、出演女優などの制約はない。

参加メーカーのうち、アイエナジー、SODクリエイト、甲斐正明、ディープス、ナチュラルハイ、ヒビノがソフト・オン・デマンドのグループ、エスワン、ムーディーズが北都のグループ、ミリオン、レアル・ワークスがケイ・エム・プロデュースのグループ、ワープエンターテイメントとドリームチケットも同じグループというように、メーカーのグループ化も進んでいた。

この時点では、ソフト・オン・デマンドのグループ、北都のグループ、そしてケイ・エム・プロデュースのグループの3つが大きな勢力だった。かつてはインディーズAV業界の王者として君臨し、一強と思われていたソフト・オン・デマンドだが、北都とケイ・エム・プロデュースの台頭に、追い詰められつつあった。

ソフト・オン・デマンドの旗艦メーカーであるSODクリエイトは、業界の王者でありイベントの主催という意地を見せつけるように、男女各250人が同時にセックスするという前代未聞の超大作『人類史上初!!超ヤリまくり!イキまくり!500人SEX!!』で勝負をかける。

ムーディーズも自社で最も人気の高いシリーズである「ドリーム学園」に神谷りの、nao.、紅音ほたる、星月まゆら、長谷川ちひろなど人気女優8人をキャスティングした『ドリーム学園10』でエントリー。


『ドリーム学園10』(2006)

レアル・ワークスは、看板女優の如月カレンを中心に立花里子、乃亜、紅音ほたる、田中梨子が共演する『責め痴女 ハーレムスペシャル』。

そして、前年10月にビデ倫を離れてセルメーカーの仲間入りを果たしたミリオンは春咲あずみ、綾瀬メグ、上戸あい、早乙女優、早坂ひとみ、如月カレン、神谷姫、あいみ、甘衣みつという単体女優9人が競演する『ミリオン・ドリーム 私立ミリ商の天使たち』という大作で挑んだ。

一方、優勝候補と言われていたエスワンは蒼井そら、あいだゆあ、穂花、麻美ゆま、小澤マリアという自社の看板女優を揃え、さらに人気着エロアイドルからのAV転身で話題となっていた青木りんをデビュー前に特別収録という豪華布陣の『ハイパーギリギリモザイク』。撮り下ろしでも共演作でもなく、オムニバスということで、少々肩透かし感があった。


『ハイパーギリギリモザイク』(2006)

いずれにせよ、大手メーカーはそれぞれメーカーの威信をかけた大作で競い合ったのである。

その結果は、下馬評どおりに優勝はエスワンの『ハイパーギリギリモザイク』、そして
準優勝がムーディーズの『ドリーム学園10』、3位がナチュラルハイの『痴漢○学生』というものであった。

北都グループのメーカーが1、2位を独占し、話題性は十分だったSODクリエイトの『500人SEX』は4位となった。さらにレアル・ワークスは5位、ミリオンは7位となり、この第1回「AV OPEN」北都グループの強さを見せつけた結果となったのである。

第1次芸能人AVブーム

 エスワンの『ハイパーギリギリモザイク』を第1回「AV OPEN」優勝へと導いた理由のひとつが、青木りんの収録だった。

青木りんは2002年にグラビアアイドルとしてデビューし、Kカップ爆乳という豊満なボディと過激な露出度で当時盛り上がりを見せていた着エロの女王となっていた。

そんな彼女がAVに転身するということで大きな話題となった。『ハイパーギリギリモザイク』にパイズリシーンを収録した後、エスワンから2006年5月7日に『現役アイドル ギリギリモザイク Kカップ×ギリギリモザイク』で正式にAVデビューを果たし、10万本を売り上げる大ヒットを記録した。


『現役アイドル ギリギリモザイク Kカップ×ギリギリモザイク』(2006)

その2ヶ月後にグラビアや映画、テレビなどで活動していた範田紗々がSODクリエイトから『芸能人 範田紗々デビュー』でAVデビューし、こちらも大ヒットとなる。この2人の活躍を機に「芸能人」の肩書をつけたAV女優が次々と登場し、芸能人AVブームが巻きおこった。


『芸能人 範田紗々デビュー』(2006)

芸能人AVの歴史は古い。80年代に畑中葉子や天地真理といった元アイドルがロマンポルノに出演したのが源流と言えるかもしれない。

AV黎明期の1985年にも元オールナイターズの高野みどりがAVデビューを果たしている。ちなみにその作品『少女うさぎ・ひねり腰絶頂』(KUKI)は豊田薫の監督デビュー作でもあった。


『少女うさぎ・ひねり腰絶頂』(1985)

しかし芸能人AVの記念碑的作品と言えば、1988年にハワイアン歌手であった葉山レイコが出演した『処女宮』(芳友舎/ミスクリスティーヌ)だろう。元アイドルと言うに相応しい美貌で大ヒットとなった。また1990年にはNHK大河ドラマ出演歴と歌手デビュー歴を持つ桜樹ルイもデビューしているが、彼女の場合はAV女優としての活躍が華々しすぎて芸能人の肩書きの印象は薄いかもしれない。


『処女宮 うぶ毛のヴィーナス 葉山レイコ』(1988)

以降もテレビ番組で活躍したチチダス美々こと水原美々や、元黒BUTAオールスターズの矢吹まりなといった元芸能人AV女優は登場しているが、最も大きな衝撃を与えたのは2004年の小沢なつきのAVデビューだろう。
テレビドラマで主演を果たすなど誰もが知っているような一線級アイドルのAVデビューは前代未聞だった。デビュー作『決心』(アリスJAPAN)をはじめとして、その出演作は当然のように大ヒットを記録した。


『決心』(2004)

そして2006年の芸能人AVブーム以降は、元ギリギリガールズの荒井美恵子や、元ねずみっ子クラブの山崎亜美など数多くの「芸能人」がAV女優へと転身していった。

SODクリエイトは、範田紗々の出演作のタイトルには全て「芸能人 範田紗々」とつけて、彼女を徹底して芸能人AV女優として売り出した。この手法は翌年デビューした琴乃、板垣あずさ、櫻井ゆうこなどにも引き継がれた。

この時期、芸能人の肩書を持った新人AV女優が多くのメーカーから次々とデビューしたが、そのほとんどは着エロのイメージビデオを数本出したか、テレビの深夜番組に少しだけ出演したといったレベルの活動歴であった。AVデビューが決まってから、着エロアイドルとしてのイメージビデオを1本だけ出して、「芸能人」の肩書をつけるということまで横行し、やがて「芸能人」の神通力も衰えていった。

〈参考資料〉

『NAO DVD』2007年5月号、11月号
『オレンジ通信』2006年3月号、2007年2月号、(東京三世社)
『ビデオメイトDX』2006年2月号(コアマガジン)
『サーカスマックス』2016年8月号(KKベストセラーズ)
『AV Open公式ガイドブック』(東京三世社、2006年)
『AV Open公式ガイドブック2007』(東京三世社、2007年)