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春がいっぱい

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2022.03.17

24 レンタル vs. セル[4]
ビデ倫の終焉

安田理央

1981年に発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』にはじまるとされるアダルトビデオは、その誕生から今年で40年を迎える。欧米のポルノビデオとはまったく異なる独自の進化/深化をたどり、世界の性産業に影響を与える日本のエロビデオ文化を、アダルトメディア研究家の安田理央が、その前史から現代に至るまで、メディア、流行、社会状況、規制との駆け引きなど多様な視点から歴史化する連載。

ついに規制緩和したビデ倫

2007年8月23日、AV業界に激震が走った。AVメーカーのhmpとアットワンコミュニケーション、そしてビデ倫が警察に家宅捜索されたのである。

 アダルト作品の審査基準を緩めた結果、わいせつなDVDが出回ったとして、警視庁は23日、業界の自主審査機関「日本ビデオ倫理協会」(ビデ倫 東京都中央区)をわいせつ図画頒布幇助容疑で、都内の制作会社数社を同頒布容疑で、それぞれ家宅捜索した。
 保安課の調べでは、制作会社は、適切な画像処理をしていないDVDを販売した疑い。ビデ倫は、わいせつな商品の流通を助けた疑い。捜索は、DVDを販売している大手電量販店なども対象となった。
 ホームページや関係者の話によると、ビデ倫は制作会社業界の任意団体として72年設立。わいせつ性や年齢などの審査を受けたソフトには「倫理マーク」入りシールを張って売ることができる。
 ビデ倫は昨年に審査基準を緩和。その後、モザイクが薄いなどわいせつ性の高いソフトが増えた。量販店では「新基準モザイク採用」などのシールをはった商品も数多く出回っているという。
(『朝日新聞』8月24日付朝刊)

厳しい審査基準を設けていたビデ倫が、基準を大幅に緩和したのが2006年8月だった。これによってその年の10月以降には新基準のビデ倫審査作品が発売された。モザイクの面積が小さくなり、陰毛や肛門の描写が解禁されたのである。

セルビデオ系の審査団体であるCSA(旧メディ倫 SOD系など)やVSIC(北都系など)などの基準にようやく並んだわけだ。

この時期、セル系メーカーの作品もレンタルショップに並び、またビデ倫審査のレンタル系メーカーの作品もセルの割合が高くなっていた。つまり、レンタル・セルという区分けも意味がなくなり、同じ土俵で戦っているという状態になっていた。そうなると、修正が大きく濃いビデ倫審査作品はどうしても不利になってしまう。

2000年代には、ビデ倫系メーカーが単体女優をデビューさせ、その後にセル系メーカーに移籍してセルデビューを果たすというシステムが定着していた。ビデ倫審査作品では見ることの出来なかったヘアやアナルが見られるということで、2度目のデビューとなる「セル初」作品が、最も売れると言われていた。これは女優の人気の寿命を延ばす事ができるというメリットもあった。

しかし、夏目ナナや小澤マリアのように最初からセル系メーカーでデビューを果たす女優も増加しつつあり、レンタル系メーカーのアドバンテージは年々落ちつつあった。

クリスタル映像、V&Rプランニング、kmp、トライハートコーポレーションなどビデ倫を離脱するメーカーも続出し、かつて170社あった参加メーカーは、2006年の時点で98社と半減していた。

萌『オレンジ通信』2007年5月号で、ビデ倫の理事でもあるマックス・エーの石井社長がビデ倫系メーカーの置かれている状況について取材に応えている。

石井 ビデ倫メーカーとして、というよりマックス・エーとして気付くのが遅かったのですが、去年というか、一昨年くらいから、弊社(レンタル単体メーカー)の先行きが怪しくなってきた。元々、単体メーカーはレンタル中心になってきたのですが、DVDメディアが出て来たことで、以前からのVHSに加えてDVDの売り上げがプラスされ、感覚的にバブリーになった。その後VHSからDVDにメディアが移り、レンタルからセルに市場が移行して来た段階で、ようやく足元や先の風景がちょっと違うな、と思い始めたんです。
〔中略〕
自分たちの物作りの姿勢と非ビデ倫メーカーの物作りの姿勢と、どちらがいいかは一概に言えないではないかと思います。どちらがいいのか、それを販売数で比べて言うのであれば現状非ビデ倫メーカーの方が良いということになるかもしれません。女優さんが、本当にエッチをして本当に感じている姿をそのまま見せることがいいんだ、と言うのであれば、それはそれで良いと思います。が、弊社としては、女優さんがそれを演じて、演出家が更にエロチックな演出をして魅せる、ということの方を大事にしたいと思っています。本番をやれば盛り上がるのかと言えば、実はそうではなく、エッチまでのプロセスとか、様々なものが合わさって興奮するんだと思います。

このインタビューの中でも触れているが、ビデ倫系メーカーの単体作品では疑似本番が当たり前であった。つまりセルデビューはAV女優にとって作品中でヘアやアナルを露出するに留まらず、本番を解禁するということでもあった。

拙著『AV女優、のち』(角川新書、2018年)は2000年代に活躍したAV女優へのインタビュー集だが、その中でみひろはAV出演を決意した理由のひとつとして「AVではあるけれど『疑似本番でいい』と言われたのも大きかったです。『それならVシネマと変わらないんじゃないか』って。そう思えたんです」と語っている。

みひろは2002年にヌード写真集でデビューし、Vシネマで濡れ場も演じた後に2005年にビデ倫系メーカーのアリスジャパンとマックス・エーの2社専属でAV女優に転身。24本という破格の大型契約で話題となった。

そして2007年にマキシングとエスワンの2社契約でセルデビューした。

本番行為に対しての抵抗はやっぱりありました。知らない人のものを自分の体内に入れたくないっていう気持ちですね。そこだけは譲れないというのはあったんです(『AV女優、のち』)

しかし、みひろは本番行為を受け入れることを決意し、セルデビューを果たす。

まだAVを辞める時期じゃないというのはありましたよ。まだまだやり切っていない。やり切るためには、それ(本番)も受け入れなくっちゃいけないんだって……(同前)

そして発売となったみひろのエスワンでのデビュー作『ハイパー×ギリギリモザイク×4時間 ハイパーギリギリモザイク』は2007年度下半期で最も売れた作品となった(DMM.R-18調べ)。


『ハイパー×ギリギリモザイク×4時間 ハイパーギリギリモザイク』(2007)

ビデ倫系メーカーは、露出度や本番に頼らない作品作りにプライドを感じていたようだが、ユーザーのニーズはそこにはなかったのだ。

こうしてビデ倫系メーカーはセールス的に追い詰められていき、「メーカー側は生活権をかけて、せめてヘアーとアナルの描写は他の審査団体と同じ土俵に立ちたいと審査基準の見直しをビデ倫に申し入れ、それを受け入れてもらった」(マックス・エー 石井社長)という経緯で、ビデ倫もついに規制緩和に踏み出したのだ。

ビデ倫、消滅へ

2006年10月より、ビデ倫の新基準審査による作品が発売されると、それは予想外の驚きをユーザーに与えた。

『ビデオ・ザ・ワールド』2006年11月号で『この熟女いやらしい! あぁ、腰が勝手に…お願いこのままイカせて〜』(アテナ映像)を藤木TDCはこうレビューしている。


『この熟女いやらしい! あぁ、腰が勝手に…お願いこのままイカせて〜』(2006)

〔前略〕さて、読者の皆さんは今月あたりからビデ倫ものは修正の動向も気になると思うが、本作はビデ倫新基準で修正されていて、ヘアはバッチリ、大股開きのアップも小陰唇までバッチリ見える薄消し状態。スゴイデスネー。

 同じ号の『猟奇の檻21』(アートビデオ)のレビューでも、藤木TDCは新基準修正の凄さについて言及している。


『この猟奇の檻21』(2006)

〔前略〕もともと本番など性器結合への興味が薄いメーカーなので、バイブで責めたりする映像はほとんど丸見え状態、二穴責めなどもはっきりわかるし、アナルバイブを脱いたあとのポッカリ穴の開いた肛門はノーモザでばっちり見える。〔中略〕バイブで責められて失禁するシーンでは小陰唇・陰核などバッチリわかるモザ角でジョロジョロジョロ〜っとオシッコが流れ出る。

ビデ倫は、予想以上に審査基準を緩めていたのだ。それはまるで、これまでの遅れを取り戻そうとするかのようだった。メーカーによって差はあったが、一部には当時のセル系メーカーの作品より薄く、「ちょっと薄すぎてお店に並べられないってショップからの苦情があったのも事実」(『ビデオ・ザ・ワールド』2007年10月号)と言われるほどだった。そのため、この後にはまた少し修正が濃くなったりもしている。

ようやくこれでセル系メーカーと同じ条件となった、とビデ倫系メーカーが巻き返しを図ろうとしていた、その矢先であった。

2007年8月23日の家宅捜索を経て、2008年3月1日にビデ倫審査員ら5名とメーカー幹部ら4人が逮捕された。

問題となったのはhmpの『萌え〜イジられるの大好き! 乙音奈々』『巨乳若奥様ねっとり誘惑エッチ 竹内あい』、そしてとアットワンコミュニケーションの『THE BAD HOLE2ナマ撮り』『エロマンドクター』(セル版『MISS Dr ミス・ドクター』も)の4タイトル。これらのタイトルは2006年10月に発売されたもので、家宅捜索は一年近く経ってから行われたのだ。


『萌え〜イジられるの大好き! 乙音奈々』(2006)

『巨乳若奥様ねっとり誘惑エッチ 竹内あい』(2006)

『エロマンドクター』 (2006)

この逮捕劇は、警察の天下り事情が関係しているという噂もささやかれた。『アサヒ芸能』2007年9月6日号には、AVメーカー関係者のこんなコメントが掲載されている。

かつてのビデ倫は警察の天下り先とされていた。しかし、最近、ビデ倫側で大きな内紛があり、警察関係者が誰もいなくなったと聞いている。だから、このタイミングでガサ入れが遂行されたようだ。より過激なインディーズ系の審査団体の中には、経産省の役人を抱え込むものもあり、逆に安全と見る向きもある

裁判は最高裁まで持ち込まれたが2014年に有罪が確定する。裁判所は「〔前略〕男女の性交、性戯等の場面が露骨かつ詳細に描写、しかも映像のかなりの部分がモザイク処理がきわめて細かいため、性器の結合状態などを如実に認識することができ、モザイクによる直接的映像の修正はないに等しい」(判決要旨より)と判断したのだ。

この事件の影響を受け、ビデ倫は2008年6月までで作品の審査業務を終了。1972年に発足し、日本のAVと共に歩んできたビデ倫はその36年の歴史に幕を下ろすこととなったのだ。

そして、それまでビデ倫の審査を受けていた加盟メーカーの多くは新たに立ち上げられた「日本映像倫理審査機構」(日映審)に移行した。

驚いたのは日映審の理事として、ソフト・オン・デマンドの代表取締役とエムズファクトリー統括本部長の名前があったことだ。SODとエムズ(アロマ企画)と言えば、セルビデオの代表的なメーカーである。

さらに日映審は審査を審査センターという団体に委託するのだが、CSA(旧メディ倫)もまた審査センターに審査を委託している。つまり、日映審とCSAは同じ団体、同じ基準で審査を受けることになった。

ビデ倫が圧倒的な力を持っていた90年代には、SODをはじめとするインディーズメーカーと関わった者はビデ倫系メーカーに出入り禁止を言い渡されることもあった。インディーズ作品と同じページで扱うなとAV雑誌にクレームをつけたビデ倫系メーカーもあった。それほど対立していた2つの陣営が、手を結ぶこととなったのである。

さらに日映審は2010年にCSAと審査業務を統合し、映像倫理機構(映像倫)を設立。さらに日本コンテンツ審査センターと改称して、現在に至る。

90年代から続いたレンタルとセルの戦争はこうして幕を下ろした。結果として老舗のレンタル陣営が新興のセル陣営に吸収されるという形となったといっていいだろう。

ただこの事件も一般のAVユーザーにはそれほど影響はなかった。ビデ倫審査作品が無くなったことに気づかなかったユーザーがほとんどだったのではないか。

『NAO DVD』2009年3月号に掲載されたライター(筆者含む)、編集者、業界関係者などによる2008年のAV業界を振り返る座談会でも、ビデ倫終了はあっさりとした扱いだった。

安田 そういう意味で一般的なニュースと業界での反応の温度差を感じたのがビデ倫終了の話題。AV史から見れば、すごく大きな出来事なのに業界的には、ほとんど影響がなかったのが興味深かった。
 ビデ倫メーカーは、そのまま日映審に移行したから、特に混乱もなかったし。
大坪 もう既にビデ倫の役割は終わってたから。XBOX360の時代に、ファミコンが生産止めましたみたいな話でしょう。
 でも記者会見では新聞とか一般マスコミはいっぱい来てましたよ。
 一般のマスコミにとっては、まだビデ倫が全てだと思ってるから、AV業界全体にガサが入ったという受け取られかただったね。
大坪 一般のマスコミの人って、ビデ倫時代で止まってるんですよね。S1も知らないし、せいぜいデマンドくらいまで。
安田 セルビデオって何? みたいな人は多いよね。

時代は既に先へと進んでいたのだ。
 
 

〈参考資料〉

『ビデオ・ザ・ワールド』2006年11月号、2007年10月号、2011年12月号、2012年7月号(コアマガジン)
『オレンジ通信』2006年12月号、2007年4月号、5月号、9月号(東京三世社)
『NAO DVD』20087年10月号(三和出版)
『創』2012年5月号(創出版)
『アサヒ芸能』2007年9月6日号、2008年3月20日号(徳間書店)