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春がいっぱい

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2022.03.30

25 レンタル vs. セル[5]
交代と変化

安田理央

1981年に発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』にはじまるとされるアダルトビデオは、その誕生から今年で40年を迎える。欧米のポルノビデオとはまったく異なる独自の進化/深化をたどり、世界の性産業に影響を与える日本のエロビデオ文化を、アダルトメディア研究家の安田理央が、その前史から現代に至るまで、メディア、流行、社会状況、規制との駆け引きなど多様な視点から歴史化する連載。

疑惑の優勝

前年に引き続き2007年に「第2回AV OPEN あなたが決める!セルアダルトビデオ日本一決定戦」は開催された。主催は第1回と同じく東京スポーツとソフト・オン・デマンド。

新たにクリスタル映像、V&Rプロダクツ、マキシング、ワンズファクトリー、そして元ソフト・オン・デマンド代表だった高橋がなりが国立ファームとして参戦し、全19メーカーによって「日本一のセルメーカー」を競うこととなった。ルールは前回と同じくエントリー作品の売上本数で順位を決定する。

そして7月24日にその結果発表・表彰式がおこなわれたのだが、会場は異様な雰囲気に包まれていた。

下馬評では、エスワンの麻美ゆま、吉沢明歩、穂花をはじめとする12人の豪華キャスティングによる超大型共演物の『ハイパーギリギリモザイク 特殊浴場TSUBAKI 貸切入浴料1億円』が圧勝であろうと見られていた。前回に引き続いてエスワンの優勝は揺らがないという声が大多数であった。


『ハイパーギリギリモザイク 特殊浴場TSUBAKI 貸切入浴料1億円』(2007)

この結果発表式に筆者も立ち会っており、『オレンジ通信』に記事を書いているのだが、その時の会場の様子をこう描写している。

〔前略〕しかし、下位から順位が発表されてゆき、3位のクリスタル映像に続いて2位でS1の名前が読み上げられた時、会場はどよめいた。いや、誰もが言葉を失ったと言った方がいいだろう。
 2位がS1となれば、必然的に残る1位は、まだ名前が読み上げられていないSODクリエイト。『芸能人 琴乃 初・体・験 完全240分 10解禁スペシャル』が見事にグランプリを獲得したのだ。
 しかし会場には白けたムードが流れていた。エントリー作に12人もの専属女優を投入していたS1が、会場に女優を一人も連れてきていなかったのも不自然だった。悲願のグランプリを獲得した割にSODクリエイト社員の喜びも控えめだったように感じられた。
 盛り上がりに欠けたまま表彰式は終わったが、その後、多くの関係者が声を潜めてこの結果について話し合っていた。下馬評を覆しての、SODの見事な逆転劇を褒め称えるものは誰もいなかった。(『オレンジ通信』2007年11月号)


『芸能人 琴乃 初・体・験 完全240分 10解禁スペシャル』(2007)

それは結果発表前に飛び交っていたある噂のためだった。しかしそれはあくまでも噂に過ぎず、その真相が明らかになることはないだろうと思われていた。

事態が急転直下したのは結果発表から約1ヶ月が経過した8月30日のことだった。ソフト・オン・デマンドと共にAV OPENを共同主催している東京スポーツの紙面に「発覚!! AVオープン不正」の大見出しが踊ったのである。

「第2回AV OPEN あなたが決める!セルアダルトビデオ日本一決定戦」で重大な不正行為が行われていた。SODクリエイト社が自社のエントリー作品を大量に購入し、売上本数を水増しすることにより優勝していたことが明らかになった。AVファンを裏切る暴挙を、ソフト・オン・デマンドと共同の主催者でもある本紙は徹底追及する。なお、SODクリエイト社は今回の不正により失格となり、賞金の1000万円も没収される。(『東京スポーツ』2007年8月30日号)

記事には、SODクリエイトは発表された有効売上本数3万3209本のうち、約1万6000本を自社で購入したことを認めたと書かれていた。便利屋などを使い、購入工作には約6000万もの費用が投入されたと言う。

SODクリエイトが失格となったために、優勝はエスワン、2位がクリスタル映像、3位がムーディーズと繰り上がる結果となることも発表された。

業界の主役の交代

SODクリエイトが、なぜこの不正行為をおこなうに至ったのか。6000万という費用と、発覚すれば大きなイメージダウンとなるリスクを背負ってまでAV OPENでの優勝を獲得しなければいけなかったのか。

それはここ数年におけるAV業界の勢力地図の変化に理由があった。90年代後半からのインディーズ=セルビデオ業界において、SODグループは間違いなくリーディングカンパニーであった。

しかし00年代も半ばにさしかかるとムーディーズやエスワンを擁する北都グループの台頭によって劣勢に追い込まれていた。第1回AV OPENの結果は、それを象徴するものだった。

またSODクリエイトの社内的な事情もあった。改めて説明しておくと、ソフト・オン・デマンドは流通・販売の会社であり、SODクリエイトはその制作部が独立する形で設立されたメーカーである。つまりSODクリエイトが制作した作品を、ソフト・オン・デマンドが販売するという関係で、グループ企業ではあるが、それぞれ独立した会社となっている。この2つの会社を育て上げてきたのは、高橋がなりだが、2005年にソフト・オン・デマンドの代表取締役を辞任していた。

とはいえ大株主であり、大きな影響を持つ存在であることには間違いなかった。そして高橋がなりにはSODは業界のリーディングカンパニーでなければいけないという考えがあったのだ。

不正事件発覚後に筆者がインタビューしたSODクリエイト葛西取締役(当時)は、この頃の状況について、こう語っていた。

「トップでいなければいけないのに、そこから堕ちたらどうしよう、というプレッシャーは日頃からありました。業績的には順調に上がってはいるんですが、収益構造が4年前とは大きく変わっていて、薄利多売によって支えられているんです。そして現在我々が置かれている立場はショップへ行ってみれば一目瞭然なんです。他のメーカーさんに負けているのは、認めざるをえない現実でした。〔中略〕AV OPENだけではなく、全てに対して1位でなくてはいけないと思っていました。全てにおいて虚勢を張っていたというのがここ数年のSODクリエイトだったんです。まずはAV OPENで優勝しなければならない。真珠湾攻撃のようなもので、ここで負けたら、もう立ち直る術はないというくらいの思いがあったんです」(『オレンジ通信』2007年11月号)

カリスマ経営者から受け継いだ会社をトップの座から落とすわけにはいかないというプレッシャーから、AV OPENで優勝すれば全ては変わる、優勝できなければ未来はないのだと思いこんでしまったのだ。それは結局のところ現状から目を逸しているに過ぎないのだが。その強迫観念にも似た優勝への欲望が、彼らを不正行為に走らせてしまったのである。

この事件によってAV OPENは第2回で終了となった。ところがこの年の年末に「AVグランプリ」というイベントが開催される。

参加メーカーは77社、賞金総額は3000万円と規模においては全ての面でAV OPENを上回っていた。

主催はAVグランプリ事務局となっているが、実質はアウトビジョン、デジタルメディアマート(DMM)、ジーオーティー、TISという北都グループである。


『DMM DVD別冊 AVGP2009』(2009)

AV OPENはエントリー作品の流通をソフト・オン・デマンドが一手に引き受けていたが、AVグランプリでは北都グループの流通組織であるアウトビジョンが一括でおこなう。

この年は、第2回AV OPENの不正事件が報じられた8月30日の1週間前の8月23日にビデ倫の家宅捜索がおこなわれ、ビデ倫崩壊劇が始まっていた。

2007年は、業界の主役の交代がはっきりとした形で目に見えた年でもあったのだ。

AVグランプリも、さらに規模を拡大して97社が参加した第2回で終了している。

またAV OPENは2014年に復活し、2018年まで毎年開催された。この第2期AV OPENはAVの著作権保護を主な目的とする団体IPPA(知的財産振興協会)の主催となっている。

ちなみにAVグランプリの2回、そして第2期AV OPENの5回のグランプリは全て北都グループの作品が獲得している。

AV OPENやAVグランプリにおいては、監督の名前がクローズアップされることも少なかった(AV OPENでは若手監督による「チャレンジステージ」も設けられていたが)。監督同士が特異なキャラクターを打ち出しあっていた「D-1クライマックス」とは対照的だ。むしろエスワンのE-YO!渡辺などのプロデューサーの方が目立っていたほどだった。

AVは、どんな女優でどんな企画を撮るのかが重視されるようになっていた。監督からプロデューサーへと、作り手の中でも主役が変わったと言えるかもしれない。

●AVは「抜くため」のツールに

2006年、2007年におこなわれたAV OPENは、AV業界の状況を様々な状況を可視化させたイベントでもあった。

その成績結果から時代の変化を嗅ぎ取った作り手も多かった。

2015年にレアル・ワークスの創立10周年を記念してその歴史を辿った原稿を筆者はケイ・エム・プロデュースのサイトに書いたのだが(現在は非公開)、そこでインタビューに応えてくれたレアル・ワークス社長(当時)の北もそんな一人だった。

レアル・ワークスは2005年にスタートしたセルメーカーで、いきなり早坂ひとみや紋舞らん、nao.など豪華な女優陣の作品をシリースし、「銀河系スター女優軍団」というキャッチフレーズで登場し、話題を呼んだ。

実はレアル・ワークスが、人気レンタル系メーカーであるミリオンを擁するケイ・エム・プロデュースの関連会社であることは、業界では囁かれていたが、当時のビデ倫は加盟メーカーが非審査作品を販売することを禁じていたため、それは公然の秘密とされていた。

この頃のAV業界で最も売れる作品は「セル初」であった。ビデ倫審査のレンタル作品では見ることが出来ないヘアやアナルを解禁にするということで、セル移籍第1弾の作品は高いセールスが約束されていた。そのため、セルメーカーはいかに「セル初」を獲得するかに力を注いでいた。また女優のギャラの高騰により、レンタル作品だけではギャラを回収できないという状況だったという。

そのため、レンタル系のミリオンで契約していた女優を、そのまま系列のセルメーカーで撮ることが出来れば合理的ではないか。そんな考えから産まれたのがレアル・ワークスだったのだ。

ミリオンでデビューし、レアル・ワークスに移籍した如月カレンなどはその代表的な存在だ。さらに小沢菜穂、早坂ひとみ、水元ゆうな、神谷姫など女優陣も充実し、「銀河系スター女優軍団」というキャッチフレーズそのものの豪華なラインナップで単体セルメーカーの代表的存在という地位を確立していったのである。

豪華なキャスティングにもかかわらず、「ユーザーが見たいものをしっかりと見せる」姿勢はユーザーに支持された。特に「ギリギリまで見せる」ことにこだわった「超デジモ」シリーズなどは、トップクラスの女優がここまで見せるのかと、驚きを持ってユーザーに迎えられていた。

そしてレアル・ワークスはミリオンと共に2回のAV OPENに参加する。第1回のレアル・ワークスのエントリー作品は『責め痴女 ハーレムスペシャル』。如月カレン、立花里子、乃亜、紅音ほたる、田中梨子という人気女優5人の共演による大作だった。


『責め痴女 ハーレムスペシャル』(2007)

前年にビデ倫から離脱し、セルメーカーとして再出発していたミリオンは『ミリオン・ドリーム〜私立ミリ商の天使たち〜』でエントリー。こちらは春咲あずみ、綾瀬メグ、上戸あい、早乙女優、早坂ひとみ、如月カレン、神谷姫、あいみ、天衣みつの9人が共演するというレアル作品以上の豪華さで、当時のインタビューでもはっきりと「優勝を狙っている」と宣言している。


『ミリオン・ドリーム〜私立ミリ商の天使たち〜』(2007)

しかし結果はレアル・ワークスが5位、ミリオンは7位という不本意なものだった。

第2回では、乃亜、麻生岬、@YOU、春名えみ、大石もえで挑んだレアル・ワークスの「奥さんになってあげる ハーレム4時間SP」は9位、糸矢めい、春咲あずみ、相崎琴音、立花里子、乃亜、椎名りく、清原りょう、今野由愛、山城美姫、Rico、早坂ひとみ、長谷川瞳という豪華な競演大作であるミリオンの「ミリオンドリーム2007前編」は12位と、それぞれ前回よりも順位を落としてしまったのだ。

先述したレアル・ワークスの創立10周年記事で北はその結果を受けて、こう語っている。

この時にもう、ミリオン的なものは時代とズレてしまったのかもしれないという認識が社内の中にも出てきたんです。〔中略〕実際の順位もショックでしたけど、それ以上にプレステージさんの『DAISY』が4位だったという事実は大きかったんです(「レアル10年史 第二部 AV OPENでの完敗と方向修正」)

ミリオン的なもの、それは「楽しく見れてしっかり抜ける!」というキャッチフレーズに代表されるエンターテインメント性だろう。ミリオンは、もともとドラマ大作を数多く作るなどエンターテインメント志向の強いメーカーだ。そのエンターテインメント志向が実用本位のセルという市場では、マイナスに作用したのではないか。

そしてそれを裏付けたのが第2回でのプレステージの『DAISY』という作品が4位という好成績を残したことだった。


『DAISY』(2007)

『DAISY』は、いわゆるロリ系の作品で、女優名を出さない企画的な作りだった。他のエントリー作が単体女優の競演やハードな内容の大作ばかりというの中で、地味な企画物が4位に入るほど売れたという事実に、北は時代の変化を感じたのだという。

プレステージは2002年に設立されたセルメーカーで「エスカレートするドしろーと娘」や「過激生素人」「萌えあがる募集若妻」といったドキュメント色の強いハメ撮り作品のシリーズをヒットさせていた。

またファッショナブルなテイストを打ち出した「Tokyo流儀」や、ギャル系女優のブームを生み出した「WATER POLE」などのシリーズも成功させ、独自路線で人気を集めていた。


『Tokyo流儀 01』(2005)

AV OPENにおいても、第1回は『ウリをはじめた制服少女 大塚初ウリ少女』、第2回は『DAISY ルル・メグミ・チナツ』と、通常のシリーズ作品の最新作でエントリーするなど、他メーカーの大作志向を横目にゴーイングマイウェイな姿勢を見せていた。

第2回AV OPENの翌年である2008年にケイ・エム・プロデュースは新レーベル「S級素人」をスタートさせる。その名の通りにレベルの高い素人女性のハメ撮り作品をリリースするレーベルで、コンセプトからパッケージデザインまで、あからさまにプレステージの路線を狙ったものだった。そしてそれは、これまでのミリオンの単体女優によるエンターテインメント路線とは、全く逆のアプローチだったのである。


『S級素人 Hunt01』(2008)

この頃から、他のメーカーでもエンターテインメント色の強い大作は姿を消し始める。また監督の作家性が打ち出されることもなくなっていく。

AVはあくまでも「抜くためのツール」なのだという認識が、作り手の側にも共有化されたのがこの時期であり、以降AVは「抜くためのツール」としての機能性を、より研ぎ澄ませるという方向へ進化していく。

〈参考資料〉

『オレンジ通信』2007年11月号(東京三世社)
『東京スポーツ』2007年8月30日号(東京スポーツ新聞社)
『ビデオ・ザ・ワールド』2007年11月号、12月号(コアマガジン)
『EX大衆』2014年8月号(双葉社)
『AVオープン公式ガイドブック(東京三世社、2006年)
『AVオープン公式ガイドブック2007(東京三世社、2007年)
『DMM DVD別冊 AVグランプリ2008』(ジーオーティー、2007年)
『DMM DVD別冊 AVGP2009』(ジーオーティー、2008年)