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じゃっ夏なんで

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2022.05.16

29 ボーダーレス化するAV[4]
芸能人と若妻旋風

安田理央

1981年に発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』にはじまるとされるアダルトビデオは、その誕生から今年で40年を迎える。欧米のポルノビデオとはまったく異なる独自の進化/深化をたどり、世界の性産業に影響を与える日本のエロビデオ文化を、アダルトメディア研究家の安田理央が、その前史から現代に至るまで、メディア、流行、社会状況、規制との駆け引きなど多様な視点から歴史化する連載。

第三次芸能人ブーム

2008年のMUTEKI設立から始まる第二次芸能人ブームが一段落ついたと思われた頃、今度は別のメーカーからデビューした女優が、「芸能人AV」に新たな潮流をもたらした。

2010年8月にアリスジャパンから『日本中が待望した 国民的アイドル やまぐちりAV DEBUT』でAVデビューを果たしたやまぐちりこである。

作品中では触れられていないが、その2ヶ月前に発売された『フライデー』7月9日号の袋とじグラビアでは、やまぐちりこは「元『AKB48』初期メンバーが衝撃ヌード」としてヌードを披露している。

人気絶頂の国民的アイドルグループのメンバーのAV出演は大きな話題となり、発売1ヶ月で8万本という驚異的な売上げを記録する。

これまでの「芸能人AV」は、活動の黄金期を過ぎて30代になっていたり、もしくはあまり有名ではなかったりということが多かったが、やまぐちりこの場合は前年までアイドル活動をおこなっており、まだ19歳という年齢であった。

しかもその作品は、「MUTEKI」のようなアダルトイメージビデオではなく、しっかりと本番まで見せるAVだったのだ。

さらにその2ヶ月後には、SODクリエイトから『元ミスマ○ジン 芸能人ほしのあすか AV Debut』で、2004年に「ミス週刊少年マガジン」に選ばれた経歴を持つほしのあすかもAVデビュー。こちらもしっかり3回のセックスシーンをこなしているAV作品だった。

知名度や肩書があれば、イメージ作品でも「芸能人AV」として成立する時代は終わったのである。

そして、その決定打ともなる女優が翌2011年にAVデビューする。

2000年代にグラビアアイドルとして活躍した小向美奈子である。2000年にデビューし15歳ながらもFカップというプロポーションを武器に、2001年にはフジテレビビジュアルクイーン・オブ・ジ・イヤーに選ばれるなど人気を博した。

しかしその一方で、15歳の時に水着姿でいかつい男たちとじゃれあいながら喫煙をしていた写真が発掘されるなどスキャンダルも相次いだ。2008年には、所属事務所が契約解除を発表。そして2009年1月には覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕されてしまう。

さらに執行猶予中の2009年6月に浅草ロック座でストリップデビューを果たし大きな話題を呼ぶ。AV出演も囁かれる中、2010年にソフト・オン・デマンドからDVD『デンジャラス ストリッパー』を発売するが、これはストリップを収録したイメージビデオだった。


『デンジャラス ストリッパー』(2010)

2011年2月に成田空港で再び覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されるも、証拠不十分で釈放され、不起訴となる。

そしてその年の10月、アリスジャパンから『AV女優 小向美奈子』が発売された。度重なる逮捕やストリップ出演などで、グラビアアイドル時代以上の知名度を集めていたため、このAV出演は大きな話題となった。


『AV女優 小向美奈子』(2010)

その内容もまた「元芸能人だけにユルいプレイに終始すると思って見てみたら、とんでもない。男優に抱かれる小向が、顔を紅潮させて“スライム乳”を揺らし、汗だくでヨガり狂う、本気度あふれる120分に仕上がっていた」(『ZAKZAK』2011年10月15日)とマスコミが驚くほどハードな作品であった。

話題が話題を呼び、この『AV女優 小向美奈子』は、なんと20万本というセールスを記録。これはAV史上最大の売上記録であり、その後も破られていない。

芸能人の知名度の強さを見せつけたのと同時に、芸能人であってもAVとしての内容が伴うことの重要さを業界に印象づけた「事件」であった。
 

若妻という新しいジャンル

1999年から火がついた「熟女・人妻」というジャンルの人気は年々過熱していった。2003年のマドンナ設立を皮切りに、美熟女ブームの立役者である溜池ゴロー監督が自らの名前を冠したメーカー「溜池ゴロー」を2006年に立ち上げ、続いてケイ・エム・プロデュースがNadeshiko(なでしこ)、ソフト・オン・デマンドグループがWOMANといったレーベルをスタートさせた。ロリ系や素人物を中心にリリースしていたタカラ映像も熟女メインのラインナップに変更するなど、熟女・人妻ジャンルは、AVの中でも一大勢力へと成長していた。

そして2010年代を迎えると、そこに新しいアプローチの作品が増え始める。「若妻」だ。それまで、おばちゃん扱いされていた30代以上の女性を「成熟したいい女」と再定義したのが熟女・人妻というジャンルだが、そこに20代の女優を起用した作品が増えてきたのである。

若妻とは、文字通り若い妻のことだが、AVにおける若妻物は特に目新しいものではなく、1989年に樹まり子が19歳で『若妻プレイ 叫びと悦楽』(シェール)、1991年に星野ひかるが20歳で『幼な妻・ひかる 今夜もなすがまま』(芳友舎)と言った作品に出演しているし、2006年にもみひろが26歳で『みひろは俺の嫁。叶え!この愛あるFUCK!!』(マキシング)という作品を残している。つまり、単体女優作品のバリエーションのひとつとして「若妻」というテーマは存在していたのだ。

しかし2010年代以降に増加した若妻物は、熟女・人妻系メーカーやレーベルが、若い女優を起用したということで、意味が大きく違っている。いわば熟女・人妻ジャンルが、その範囲を拡大したのだ。

若妻ブームの起爆剤となったのは2010年にマドンナが発売した『夫よりも義父を愛して…。浜崎りお』だ。主演は当時22歳で、ギャルの印象の強い人気単体女優の浜崎りおだった。


『夫よりも義父を愛して…。浜崎りお』(2010)

この作品を担当した富野プロデューサーは、浜崎の起用についてこう語っている。

当時、浜崎りおは大人気でしたが、熟女メーカーのうちで撮るなんて誰も考えなかった。正直、クビ覚悟で撮ったんです。これが売れなかったら、もうマドンナにいられないと思いました。結果として大ヒットになり、これ以降若妻路線が出来たんです。(『NAO DVD』2012年10月号)

若妻人気の理由には、人妻ユーザーのライト化があった。

今のユーザーには熟女にも、体の美しさを求めるんです。以前は、多少崩れていたり、妊娠線があったとしても、それが熟女の色気だと感じてくれたんですが、そうはいかなくなってきた。体がだらしなくてダメなんて言われてしまう。体の綺麗さを求めるとなると、やはり若い女優さんということになるわけです。それまで普通の単体を見ていたユーザーが、人妻物を見てみようかと思った時に、若妻物は手に取りやすいんですね。(同前)

人気女優の若妻物なら、その女優のファンも、人妻ファンも両方のニーズに応えられるというメリットがあるわけだ。

かつてはマニア物であった熟女・人妻物が、広いユーザー層に受け入れられるようになったために、そのニーズも変わってきたのだ。

ケイ・エム・プロデュースの中村プロデューサーも若妻人気について、こう語っている。

若妻物の場合は、熟女が好きな層よりも、もう少し若い人が見てくれているのではないでしょうか。熟女はちょっとマニアックだけど、人妻には興味があるといったくらいの。単に二十代の普通の女性ですというよりも、何らかの属性があった方が興奮しやすいですよね。中でも人妻は他人の物であるというのが一番大きい。〔中略〕若妻というのは妄想をかきたてやすいキーワードではありますね。(『NAO DVD』2012年10月号)

面白いのは、若妻物が人気とはいえ、タイトルに「若妻」という単語を入れる作品は少ないことだ。その理由をマドンナの富野プロデューサーが説明している。

なぜか若妻というタイトルにすると、あまり売上がよくないんです。あくまでも人妻じゃないと。たぶん若妻というと、チャラチャラしたヤンママのようなイメージを受けるんじゃないでしょうか。若くても、あくまでも人妻、とした方が数字がいいです。(『NAO DVD』2012年10月号)

さらに「重要なのは子供がいないということ。子供がいると思うと、一気に所帯じみて、印象が変わるんですよね」(ケイ・エム・プロデュース中村プロデューサー)という証言もある。若くして結婚しているけれど、子供はいないために暇を持て余しており、年上の夫はあまりに忙しく、セックスレス状態となり欲求不満……というのが、AVにおける若妻の基本前提なのだ。

浜崎りおの成功以降、成瀬心美や仁科百華といった若い人気企画単体が人妻物に出演することが増えていった。

その一方で、妃悠愛や森ななこ、菅野しずかのように20代にして人妻物を中心に活躍する女優も目立ってきた。

こうした動きによって、熟女・人妻は20代から50代までの女優をカバーする巨大なジャンルとなっていたのである。
 

新フォーマットの苦戦

1996年に登場し、2004年頃には完全にVHSと置き換わって主流メディアとなったDVDだが、さらに新しいフォーマットが次の王座を狙っていた。

それまでの画質よりも5倍美しいと言われるハイビジョン撮影が普及し始めていたが、そうなると従来のDVDでは対応することが出来ない。

そこで登場したのがBlu-rayディスクとHD DVDという新フォーマットだった。これまでにもVHSとβ(ベータ)、レーザーディスクとVHDという規格の対立が繰り広げられてきたが、Blu-rayとHD DVDの戦争は、2年足らずであっさりと終結し、Blu-rayの圧勝となった。

実は、アダルトメディアにおけるハイビジョンディスクとしては、2006年8月11日にグレイズからリリースされたHD DVD『立花里子の奴隷部屋 野々宮りん』が第1号であり、Blu-rayのリリースよりも早かった。


『立花里子の奴隷部屋 野々宮りん』(2006)

ただし、その後HD DVDのアダルトソフトが発売されることはなく、この1枚のみとなったようだ。

ちなみにDVD時代の前後にも、1993年に登場してアジア地方を中心に普及したビデオCDや、2004年に登場したソニーのゲーム機PSPでのみ再生できるUMDといった新メディアでもアダルト作品がリリースされたのだが、いずれも短命に終わった。そしてHD DVDもそうした幻の新メディアの仲間入りをしたわけである。

ただし勝者となったBlu-rayも、一気に普及が進んだわけではない。第1号となる『JK GLAY’z専属モデル 上原優実』(グレイズ)が2006年12月12日に発売された後もリリースはなかなか進まず、2009年になってようやく本格化するが、それでも年間177作と1万作を超えると言われる総リリース数に比べると、ほんの一部にしか過ぎなかった。


『JK GLAY’z専属モデル 上原優実』(2006)

これは大画面テレビで見ることが少ないというAVならではの性質にも関わっていた。AVをパソコンやポータブルプレイヤーで見ている人も多く、そしてこの頃には携帯電話やスマートフォンでAVを見ることも一般化していたという状況において、それらの小さな画面ではハイビジョンのメリットは無くなってしまう。

一部の人気単体女優の出演作のみがBlu-rayでも同時リリースされるという状況が続いた。

とはいえ、Blu-rayの普及が進まなかったのはアダルトジャンルに限ったことではない。

業界団体が2012年に主催した「ブルーレイ拡大会議」では「2013年にBDソフトの出荷額がDVDを逆転し、2014年にはBDシェア7割を目指す」と宣言しているものの、実際に出荷枚数でBlu-rayがDVDを逆転したのは2021年(GfK Japan調べ)と大幅に予測から遅れているのだ(金額構成では2019年に逆転している。日本映像ソフト協会調べ)。

Blu-rayソフトが発売されてから実に15年もの歳月がかかっているのである。

ただし2010年前後から、Blu-rayでの発売の予定がなくとも、AVの現場ではHD画質で撮影するようになっていた。

つまりHD画質で撮ったものを、わざわざSD画質にダウンコンバートし、DVDとして販売するわけだ。ハイビジョン配信も始まっており、後にそれが中心になっていくだろうと見越した対応だった。

さらに2010年頃に注目を集めた新しいフォーマットとしては3Dもあった。ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』の空前のヒットから、映画には3Dブームが訪れ、そして家庭用のテレビにも3D機能を搭載したものが発売された。

2010年10月に発表された「最新3D市場の現状と店舗」(NPリサーチ)というレポートでは3D対応テレビは2010年は320万台の販売だが、2015年には8450万台に達すると予測。「テレビにおいては2Dから3Dへの切り替えが急速に進むことは、ほぼ確実であろう」と断言までしている。

そうなると当然AVも3Dへ進出する。最初に発売されたのは、当時大きな話題となっていた元アイドルの小向美奈子のストリップを収録した『デンジャラス ストリッパー』(ソフト・オン・デマンド)だった。2010年1月とかなり早い発売だったが、あくまでもイメージビデオであり、3D映像も一部であった。

本格的な3DAV作品としては、この年の6月にエスワンから発売された『3D×佳山三花』『3D×麻美ゆま』となる。


『3D×麻美ゆま』(2010)

以降、ゆっくりとしたペースだが、3Dに参入するメーカーも増え始める。特に3Dに力を入れていたのはTOHJIRO監督率いるドグマで、2011年には都内のムービーシアターを借り切っての3DAV上映会までおこなっている。

2013年には100タイトル強の3DAVが発売されるまでになったが、3D対応テレビが高価であることや、いちいち特殊眼鏡をかけなければいけないなどの問題がネックとなり、2014年には失速してしまう。

3D対応テレビも2016年を最後に新製品は開発されず、3D時代は大きな盛り上がりを見せること無く終焉してしまう。

アダルトの3D映像が本当に注目されるまでには、その数年後に訪れるVRブームを待たねばならない。

ちなみにAV史上初の3D作品は、黎明期の1983年にスタジオ418から発売された『3D浣腸ザ・ターザン』である。排泄物が画面から飛び出すというアイディアが秀逸であったが、もちろんこの時も3DAVブームが起きることはなかった。

〈参考資料〉

『NAO DVD』2010年10月号、2012年10月号(三和出版)
『サーカスマックス』2016年8月号(KKベストセラーズ)
『フライデー』2009年6月26日号、2010年7月9日号(講談社)
『週刊大衆』2010年12月27日号(双葉社)
『週刊朝日』2011年10月7日号(朝日新聞出版)
『BUBKA』2004年5月号(コアマガジン)
『ZAKZAK』2011年10月15日付(産経新聞社) 
織田祐二『グラビアアイドル「幻想」論』(双葉新書、2011年)
「最新3D市場の現状と店舗」(NPリサーチ、2010年)