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じゃっ夏なんで

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2022.07.15

31 AVと人権
許されざるもの

安田理央

1981年に発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』にはじまるとされるアダルトビデオは、その誕生から今年で40年を迎える。欧米のポルノビデオとはまったく異なる独自の進化/深化をたどり、世界の性産業に影響を与える日本のエロビデオ文化を、アダルトメディア研究家の安田理央が、その前史から現代に至るまで、メディア、流行、社会状況、規制との駆け引きなど多様な視点から歴史化する連載。

出演強要問題のはじまり

「タレントにならない?」「モデルにならない?」などとスカウトされ、タレントやモデルになる夢を膨らませて誘いに応じる若い女性たちが、アダルトビデオの出演を強要されるという被害が相次いで報告されています。

という文章から始まる「ポルノ・アダルトビデオ産業が生み出す、 女性・少女に対する人権侵害 調査報告書」が2016年3月3日に公表された。この報告書をまとめたのは、人権団体「ヒューマンライツ・ナウ」(HRN)である。

報告書は、PAPS (ポルノ被害と性暴力を考える会)に寄せられた相談件数が2012年から2015年(9月28日現在)の間に累計93件に及び、その数は急増していると伝えている。

さらに、「グラビアモデルにならないか」とスカウトされたが、着エロの仕事を強制され、さらにはAVにも出演させられ、拒むと1000万円もの違約金がかかると脅された例、12リットル以上の水を飲まされたり、コンドーム無しで大人数から凌辱されるなど過激な撮影に無理やり出演させられた例、気の弱い女の子が強引に説得されてAVに出演させられたことで自殺に追い込まれた例など、悪質なケースが実例としていくつも上げられていた。

記者会見もおこなわれ、HRNの伊藤和子事務局長は「意に反する性行為を強要され、その一部始終が半永久的に公にさらされる。女性に対する重大な人権侵害だ」(『毎日新聞』2016年3月4日付)と語り、法整備を強く訴えた。

そしてHRNは5月26日には、参議院議員会館でシンポジウムをおこなう。会場にはNHKを始めとする各テレビ局の報道陣、各党の議員も駆けつけ、この問題に対する世間の注目度の高さを知らしめた。

『モザイクの向こう側』(双葉社、2016年)は、脚本家、監督としても活躍するルポライターの井川楊枝が、この時期のAV業界の問題をルポした本だが、その中にはHRNによるシンポジウムの現場の様子も描かれている。

井川楊枝『モザイクの向こう側』(双葉社、2016)

会の冒頭では、被害女性によるビデオメッセージが上映されたのだが、「淡々とした口調で、話すぶん、余計にその凄惨さが際立って伝わってくる。息が詰まるような話が終わり、会場内は重苦しい空気に包まれていた」と井川は描写する。

シンポジウムでは、被害者としてフリーアナウンサーの松本圭世も登場した。テレビ愛知のアナウンサーだった彼女は、大学生時代に素人ナンパ物AVに出演していたことが週刊誌で報じられた。出演といっても、彼女が男性器を模した飴を舐めているシーンが使われただけで、それも「男性の悩みを聞いて下さい」と声をかけられ、バラエティ番組の収録だとだまされて撮影されたのだという。

今は笑ってお話しはできるんですけど、当時はご飯も喉も通らなくて、毎日泣いて過ごしていました。世間からの声も厳しくて自殺まで考えたほどでした(『モザイクの向こう側』より)

この報道以降、松本は当時担当していた番組を全て降板させられ、1年以上アナウンサーとしての仕事をすることができず、結局退社に追い込まれた。

シンポジウムで流されたビデオメッセージでも、グラビアの仕事だと紹介されたのにAVに出演させられてしまった例などが語られ、「甘い言葉で騙して出演強要するAV業界」という印象が強く打ち出された。

それは、AV女優がアイドルのようなイメージで語られ、海外でも高い人気を得るというような2010年代の業界の盛り上がりに冷水をかけるものだった。

しかし、この時点ではAV業界側は、まだ「これまでにもよくあったバッシング」だと思っていただろう。

そう、これまでにもAV業界は何度となく世間から非難を受けてきていたのだ。

「女犯」が巻き起こした騒動

AVに出演している女性への人権侵害が社会問題となったということでは、1991年に起こった『女犯2』を巡る騒動がよく知られている。


『女犯2』(1990)

バクシーシ山下が監督した『女犯2』(V&Rプランニング、1990年)は、山下の初監督作である前作『女犯』(V&Rプランニング、1990年)に続いて、過激なレイプ、凌辱を描いた作品だ。嫌がる女性を男優たちが暴力的に犯し、ゲロまで吐きかけるという内容だが、山下が自作を語った著書『セックス障害者たち』(太田出版、1995年)によれば、撮影でどんなことをするかは、女優もプロダクションも了承済みだったという。


バクシーシ山下『セックス障害者たち』(太田出版、1995)

しかし現場のムードを盛り上げていく山下の演出法によって、とても演技とは思えないリアルな作品に仕上がっている。

この『女犯2』が「自主講座の仲間」というグループのイベントで上映されたことが騒動のきっかけだった。

「自主講座の仲間」は、様々な社会問題を検討するというグループだった。その第5回目の自主講座「性の商品化を考える」で、『女犯2』が上映され、参加者は大きな衝撃を受けた。それは実際の凌辱行為を撮影したドキュメンタリーとしか思えなかったからである。

そして1991年10月6日に第6回目の自主講座として「AVビデオ『女犯2』を考える」が開催され、監督であるバクシーシ山下もそこに呼ばれた。

山下は『セックス障害者たち』の中で、その時の様子をこう書いている。

〔……〕この作品はノンフィクションだろうという話になるわけです。違うと言っても聞く耳を持とうとしない。
「どうしてあんな演出ができるんだ」って言うから、「しようと思ったら出来ますよ」と。そうしたら「これが演出だったら、あなたは黒澤明以上で、女優さんは大竹しのぶ以上だ」と。そう言われれば「ありがとうございます」としか言いようがないですよ。
 だから結局、その話し合いに結論なんてありませんでした。

このグループは1992年にAV女優の人権を守ろうという目的で「AV人権ネットワーク」を結成し、相談ホットラインを開設するが、山下によれば「結局、誰も駆け込まなかった」(同前)らしく、自然消滅している。

しかしAV人権ネットワークは、ビデ倫には「人権の観点からの審査は行われているか」、そしてAV製作会社15社には出演者の契約・合意の内容に関する公開質問状をそれぞれに出したり、ブラジルで撮影された『スーパー女犯』(V&Rプランニング、1992年)をブラジル大使館やキリスト教女性団体に送りつけるの活動をしている。こうした動きが、結果的に当時のビデ倫の規制強化、そしてV&Rプランニングのビデ倫退会へとつながったのだから、ある意味で目的は果たせたと言えるのかもしれない。

ちなみに、この15年後の2007年に、理論社の中高生向けの教養書「よりみちパン!セ」シリーズからバクシーシ山下の『ひとはみな、ハダカになる』が出版されることに対して抗議運動がおこなわれ、これをきっかけに結成されたのが、2016年の出演強要問題で大きな役割を果たした、PAPS(ポルノ被害と性暴力を考える会)である。


バクシーシ山下『ひとはみな、ハダカになる』(理論社、2007/増補版、イースト・プレス、2013)

史上最悪のバッキー事件

40年を超える日本のAVの歴史の中で、最悪の「黒歴史」と言われているのが、2004年の「バッキー事件」である。

出演女優に残虐なプレイをおこない、身体を傷つけたということでAVメーカー、バッキービジュアルプランニングの社長以下関係者8人が逮捕された事件だ。

バッキービジュアルプランニング(以下バッキー)は2002年に設立されたセルビデオメーカーで、100億の資産を持つ富豪という触れ込みの栗山龍が立ち上げたということで話題となった。2003年には、賞金総額6000万円という「国民的AV女優コンテスト」を大々的に実施するなど、華々しい活動を繰り広げていた。


バッキービジュアルプランニングの広告

ちなみに「国民的AV女優コンテスト」は審査員に、ドクター中松、三浦和義、高須基仁、リリー・フランキー、室井佑月、チョコボール向井といった錚々たる顔ぶれが並んでいたが、なぜか筆者もその末席に名を連ねていた。筆者も出席したそのイベントは華やかなもので、「ずいぶんお金を持っているメーカーなのだなぁ」という印象を受けた。

この「国民的AV女優コンテスト」でグランプリに輝いたのが水希遥で、バッキーもこの時期は彼女を専属女優としたメジャー志向の展開をしていたメーカーであった。

しかし、既に飽和状態にあったセルメーカー市場において、バッキーは苦戦を強いられる。関係者によれば設立1年目にして2億円の赤字を出していたという。

そこで、他のメーカーがやらないような過激路線へとシフトを変え、何十人もの男優が一人の女優を凌辱し続ける「問答無用強制子宮破壊」シリーズや女優をプールなどでひたすら水責めする「水地獄」シリーズ、脱法ドラッグを飲ませた上でセックスする「セックス・オン・ザ・ドラッグ」シリーズなどを次々とリリース。竹下通りを全裸で駆け抜けさせたりと完全に公然わいせつ罪に該当する野外露出物「露出バカ一代」シリーズなどもあった。

この時期は、インディーズ=セルAVの各メーカーは、ビデ倫系AVには出来ないような過激なプレイを競い合っていたのだが、そんな中でもバッキーの作品は群を抜いていた。

そうした過激路線は評判となり、業績も上向きになっていった。

バッキーの過激凌辱作品の多くは女優の了承をとらないままに撮影されていた。「軽いレイプもの」だという説明をされた女優は、撮影が始まってから、その過酷すぎる行為に悲鳴を上げ、中断を申し入れるが聞き入れられずに、撮影は続行される。

『モザイクの向こう側』の著者である井川楊枝は、実はこのバッキーの撮影に関わったことがあると『封印されたアダルトビデオ』(彩図社、2012年)の中で告白し、その凄まじい現場の様子を記している。


井川楊枝『封印されたアダルトビデオ』(彩図社、2012)

〔……〕私は、セカンドカメラマンとしてAVの撮影に参加する。このとき、私はバッキーというマニアックなメーカーのことなどは知らなかったし、どういう撮影なのかすらもろくに説明を受けていなかった。
〔……〕
 現場は地獄だった。まずそれはごく普通の絡みのAVではなく「スカトロ」だった。そしてなおかつ、私自身もよく内容を把握していなかったように、この撮影の被害者となったAV女優のAも、なんと、スカトロの現場だとは一切聞かされずにやってきていたのだ。

『うんこ大戦』というこの作品は、拘束された女優Aの顔の上に、20人もの女優が次々と排便していくという凄まじいものだった。

 1時間近くにもわたって20人分の糞を顔の上に垂らされるという想像を絶する拷問のあと、ベルトの拘束がとかれたAは、両脇を抱えられ、ビニールシートの敷かれた一室へと移動させられた。そこで今度は通称「うんこ男優」を呼ばれている5人の男たちが、先ほど「うんこ女優」たちがひり出した糞を手に持ち、女優の頭からつま先まで糞を塗りたくった。
「おまえら、全員訴えてやる!」
全身隈なく汚物で染まり「うんこ男優」に向かってそう叫んだ女優の言葉は、今でも鋭く私の胸に突き刺さっている。
 こんな現場にいたら逮捕されるに違いない。私はカメラを置いて逃げ出そうとした。しかし、その場にいた関係者から「職場放棄するのか」と糾弾され、現場へ戻ることを命じられた。

現場を離脱することを禁じられた井川は、さらなる地獄のような撮影現場を目撃させられることとなる。

後に井川は監督から撮影の裏事情を聞く。

「事務所側も撮影内容は承知済みだったよ。知らないのは女優だけ。あの子は所属事務所と関係が悪くてね、事務所も彼女を辞めさせる前に一稼ぎしようと思って送り込んできたんだよ」

プロダクションもグルだったのである。

2004年12月、バッキー代表の栗山龍を含む監督、スタッフ8人が逮捕された。罪名は強制わいせつ致傷である。

その年の6月におこなわれた「セックス・オン・ザ・ドラッグ」シリーズの1本の撮影で、脱法ドラッグを吸わされて意識が朦朧となった女優を数人の男優が凌辱。その過程で肛門に器具を挿入するなどしたことで、女優は直腸穿孔や肛門裂肛などで全治4ヶ月の重症を負ったという。処置が遅ければ死亡していたかもしれないほどの重症だった。

しかし薬を飲まされていたために女優の記憶がおぼろげだったこともあり、逮捕された関係者は証拠不十分で釈放された。それでも、事件を重く見た警察は本格的に捜査を開始し、結局10人以上の関係者が逮捕され、有罪判決を受けた。代表である栗山は18年の実刑判決となった。

この事件が公になると、世間はその凶悪さに震撼した。AV業界人の多くは、バッキーは極端に特別な例に過ぎない、ほとんどの現場は女優も納得した上で、和気あいあいと撮影が進んでいるのだと主張した。

しかし今なお「AV業界では非人道的な行為が行われている」としてこのバッキー事件の例が語られることがあるほどに、AVのイメージを大きく悪化させ、多くの人々の心に傷跡を残したことも、また事実なのである。

〈参考資料〉

ヒューマンライツ・ナウ「ポルノ・アダルトビデオ産業が生み出す、女性・少女 に対する人権侵害 調査報告書」(ヒューマンライツ・ナウ、2016年)
井川楊枝『モザイクの向こう側』(双葉社、2016年)
井川楊枝『封印されたアダルトビデオ』(彩図社、2012年)
バクシーシ山下『セックス障害者たち』(太田出版、1995年)
足立倫行『アダルトな人びと』(講談社、1992年)
宮淑子『メディアセックス幻想』(太郎次郎社、1994年)
藤木TDC『アダルトメディア・ランダムノート』(ミリオン出版、2004年)
ポルノ・買春問題研究会「ポルノ被害とたたかう 論文・資料集 第2期第1号・(ポルノ・買春問題研究会、2016年)
『毎日新聞』2016年3月4日付(毎日新聞社)