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じゃっ夏なんで

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2022.07.26

32 AVと人権
揺れるAV業界

安田理央

1981年に発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』にはじまるとされるアダルトビデオは、その誕生から今年で40年を迎える。欧米のポルノビデオとはまったく異なる独自の進化/深化をたどり、世界の性産業に影響を与える日本のエロビデオ文化を、アダルトメディア研究家の安田理央が、その前史から現代に至るまで、メディア、流行、社会状況、規制との駆け引きなど多様な視点から歴史化する連載。

大手プロダクションの摘発

2016年6月、AV業界に衝撃が走った。大手プロダクションであるマークスジャパンの元社長や当時の社長ら3人が逮捕されたのである。

 アダルトビデオ(AV)の撮影のために所属女優を派遣したのは違法だとして、警視庁は、芸能プロダクション「マークスジャパン」(東京都渋谷区)の元社長A容疑者(49)ら3人を、労働者派遣法違反(有害業務就労目的派遣)などの疑いで逮捕し、13日発表した。
保安課によると、ほかに逮捕されたのは同社社長B容疑者(50)と男性社員(34)。3人は2019年9月30日と10月1日の両日、同社に所属する20代の女性をAV制作会社に派遣し、公衆道徳上の有害業務にあたるAVに出演させた疑いがある。
〔……〕女性は09年ごろ、「グラビアモデルの仕事ができる」と説明を受け、タレントとしてマークス社と契約。その後にAVに出演する契約書にも署名したが、同社に契約解除を求めても、「親に請求書を送る」などと解除に応じてもらえなかったという。
 女性から昨年12月に相談を受けていた警視庁は今年3月下旬、同社やAV制作会社を捜索。女性の相談内容から、労働者派遣法が禁じる有害実務への派遣にあたると特定したという。
 国際人権団体NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)は今年3月、AV出演をめぐる被害相談が3年ほどの間に72件寄せられたと発表。十分な説明なしにAVに出演する契約を結ばせ、断ろうとすると「違約金」を要求して出演を強要する事例が多いという。
 また、出演者が著作権などの権利を放棄する内容の契約が大半で、AVを制作するメーカーは自由に二次利用、三次利用ができ、販売が止められない構造になっていると指摘した。(『朝日新聞』夕刊2016年6月13日付)

さらに警視庁は系列プロダクションのファイブプロモーション、AVメーカーであるCA、ピエロの家宅捜索にも踏み込んだ。

この事件を受けた6月18日の産経ニュースでは、「本番」行為が問題であったと指摘している。

 実際の行為は同法(筆者注 労働者派遣法)の「公衆衛生上有害な業務」として規制されている。作品のモザイクの有無は関係ない。ところが最近は無修正をうたう海外発の動画配信サイトの拡大などで、AV撮影での実際の行為はほとんど当たり前になっている。
「本番行為がダメだと今更強く認識している関係者はいなかったかもしれない」と業界関係者。「過激な撮影のため女性はその都度、経口避妊薬の服用と性病検査を続けさせられていたようだ」と、捜査関係者も最近の傾向を問題視する。
〔……〕
 同庁保安課によると、労働者派遣法違反容疑での摘発は9年ぶり。これだけ実際の行為が蔓(まん)延(えん)しているにも関わらず摘発例が少ないのは、性犯罪などと同様、女性が特定されることなどを恐れて裁判などで証言することに消極的になってしまうためだ。同庁は26年から十数件、女性から相談を受けているが、途中で相談を取り下げる女性もおり、摘発に漕ぎ着けるまで時間を要した。
〔……〕
 一連の問題を受け、内閣府や関係省庁は実態把握を進める方針だ。内閣府は、啓発の推進や、被害者が相談しやすい体制づくりを通じて、効果的な支援の拡充を図ることを決めた。
 内閣府暴力対策推進室の担当者は、「世間の関心も高く、放っておけない問題となっている。支援団体への聞き取りなどを通して、何が必要か把握していきたい」と話している。

マークスジャパンは多くの人気女優を抱えた大手事務所であった。

正直、この時期には悪い噂を聞く事務所もないではなかったが、そんな中でもマークスは優良な会社というイメージが強かった。

実は筆者もマークスが主催するAV女優のトークイベントの司会者を定期的に担当するなど、つきあいも深かったのだが、他の事務所に比べても和気あいあいとしたムードを強く感じていたし、女優からの信頼も篤いように思えた。

そのマークスジャパンが摘発された。しかもその容疑は、所属女優をAV撮影に派遣したこと。つまり全てのAV女優を擁するプロダクションが該当してしまうのだ。

さらに業界最大手のメーカーであるCA(北都が2009年に社名変更)にも家宅捜索がおこなわれたというニュースは、AV業界を震撼させた。

野外撮影が問題に

井川楊枝『モザイクの向こう側』には、この事件を受けた「AV業界で長年活動してきた関係者」のコメントが紹介されている。

「〔……〕なんでAVが買春罪に当たらないかというと、AVはモザイクを入れているでしょ? モザイクの向こう側では本番行為を行っていなくて、疑似セックスだから問題ないというのが一説にあります。あと、女優にも男優にもお金を払っているから、それは買春ではないという説もあります。どちらにせよ、本番AVを発売してもOKなんて法はそもそもどこにもないわけです。僕らはそういう苦しい言い訳で逃げているだけで、女優が警察に駆け込んでしまったら、すぐに職安法やらでパクられるんですよ」

AVという存在自体が曖昧な理由で「見逃されている」状況なのだということだ。そのため世間の風向きが変われば、いつでも非合法な存在へと落とされてしまう。

前出の産経ニュースでの内閣府暴力対策推進室の「世間の関心も高く、放っておけない問題となっている」というコメントは、AV業界にとっては恐ろしい宣告でもあった。

さらに7月、第二の衝撃がAV業界を襲った。

 神奈川県内にあるキャンプ場を2日間借り切り、人目に触れる屋外でアダルトビデオの撮影を行ったとして、警視庁は、出演していた女優やカメラマン、プロダクション会社の元社長ら合わせて52人を公然わいせつなどの疑いで書類送検しました。
 書類送検されたのは、アダルトビデオに出演していた女優9人や映像制作会社のカメラマン、プロダクション会社の元社長ら、撮影や制作に関わっていた合わせて52人です。
警視庁の調べによりますと、3年前の9月から10月にかけて、神奈川県相模原市内にあるキャンプ場を2日間借り切り、人目に触れると知りながら屋外でアダルトビデオの撮影を行ったとして、公然わいせつやそれをほう助した疑いが持たれています。
 警視庁によりますと、調べに対し女優やプロダクション会社の元社長ら35人は容疑を認めていますが、映像制作会社のカメラマンら17人は「外部の人が立ち入れない場所で撮影をしていて公然わいせつではない」などと容疑を否認しているということです。(「NHKニュース」2016年7月8日)

問題となった作品は、『MOODYZファン感謝祭 バコバコ中出しキャンプ2014』(ムーディーズ、2014年)だといわれている。しかし、撮影は3年前、販売は2年前の作品がなぜこの時になって摘発されたのか。一説によれば、マークスジャパンの事件で訴えを出した女優が本作にも参加していたため、彼女の出演作を調べているうちにこの件が発覚したのではないといわれている。さらに皮肉なことに、この件ではその女優も出演者の一人として書類送検されてしまったのだという。


『MOODYZファン感謝祭 バコバコ中出しキャンプ2014』(2014)

「バコバコ中出しキャンプ」は、募集で集まった素人男性たちとAV女優たちが、キャンプ場で性的なゲームや乱交を繰り広げるという人気シリーズだった。

この件に関しては、日本最大級の法律相談ポータルサイトである「弁護士ドットコム」でも刑事事件にくわしい落合洋司弁護士が「今回、公然性の強さや社会、第三者におよぼした迷惑といった観点では、それほど事件性が強い案件とは考えにくく、2013年の撮影が今になって立件されていることからも、AV出演強要問題にからむ見せしめ的な要素を感じずにはいられないものもあります。どちらかというと、不起訴処分になる可能性が高そうです」(「弁護士ドットコムニュース」2016年07月11日)と回答しているように、9月24日に全員不起訴となっている。 

屋外とはいえ、貸し切ったキャンプ場で見張りを立てて一般の人が入れないようにした上での撮影を公然わいせつ罪に問うのは、さすがに無理があったようだ。

ちなみにマークスジャパンの逮捕された3人も略式起訴となり、50万円から100万円の罰金という軽いものとなっている。

それでも業界大手プロダクションであるこの逮捕劇によって、マークスジャパンは解散に追い込まれたし、『バコバコ中出しキャンプ』書類送検により、AV業界は大人数の撮影を避けるなど自主規制に向かう。

「バコバコ中出しキャンプ」は「バコバコバスツアー」(ムーディーズ)シリーズのスピンオフ的なシリーズだったが、この事件により本編である「バコバコバスツアー」もリリースを停止。

「バコバコバスツアー」は、2001年から続く超人気シリーズであり、人気企画単体が勢ぞろいする豪華な作品として注目を集めていた。2015年の「AV OPEN」では総合部門・企画部門・配信売上賞の3部門で1位を獲得するなど、2010年代前半のAVを代表するタイトルともいえる存在であったが、以降は続編は作られることもなく、シリーズは消滅する。

また超人気企画単体女優である上原亜衣の引退記念作となった大作『上原亜衣引退スペシャル 100人×中出し』5部作(本中、2016年)も、発売してまもなく発売停止となり、その影響で、この作品のスピンオフとして平野勝之が監督したドキュメンタリー映画『青春100キロ』が上映中止となってしまう。久々の鬼才・平野勝之が本領発揮した快作ともいえる作品だったのに、これは極めて残念な結果だった。


平野勝之『青春100キロ』(2016)

IPPAとAVAN

出演強要問題から始まるAVへの逆風は、強まるばかりだった。新聞や週刊誌がこの問題を大きく取り上げ、7月25日にはNHKがドキュメンタリー番組「クローズアップ現代」で「私はAV出演を強要された 普通の子が狙われる」を放映し、大きな反響を呼んだ。

こうなると業界側も無視を続けるわけにはいかず対応を迫られることになる。

まず動いたのは、知的財産振興協会(IPPA)だった。

IPPAは、海賊盤販売や違法アップロードなど著作権侵害への対策を目的として2010年に任意団体として設立され、2011年に法人化されたNPO団体だ。

5月26日にHRNが参議院議員会館で行ったシンポジウムで読み上げられたIPPAのコメントでは「成人向けの実写・アニメ・ゲームなどの制作会社、メーカーが会員となり、関連する約240社の作品の著作権保護、自主規制の基準統一推進、業界活性化を目指してのイベント主催などに取り組んでいる協会団体です」と自己紹介している。

それまで業界を統括する団体がなかったため、主要メーカーのほとんどが参加しているこのIPPAが実質的に業界の窓口的な存在となっていく。

2014年から2019年には、「AV OPEN」をソフト・オン・デマンドと東京スポーツから引き継ぐ形で主催もしている。

このコメントではIPPAはHRNに対し「御団体は、AV業界内の私共では見えない側面が見えておられると存じます。内外両方から見えるもの、知っていることを合わせ調整することにより、今回のようなAV被害をなくしていくシステムを整備し、AV業界の健全化を一歩進められるのではないかと思います」と協力を求めている。

そして一般社団法人表現者ネットワーク(AVAN)が設立される。AVANは、00年代の美熟女ブームの火付け役の一人であった川奈まり子が立ち上げたアダルト産業実演家権利擁護団体だ。

川奈まり子は2004年にAV女優を引退し、その後はホラーを中心とした作家活動をしていたが、この出演強要問題に対応する形でAVANを設立し、その代表となった。

AVANはAVの出演者を「表現者」だと位置づけたところが新しかった。HRNやぱっぷすがAV女優をあくまでも「被害者」だと位置づけていたこととは対照的である。元出演者であった川奈まり子だからこその切り口だろう。

AVANはAV女優、男優、監督などのスタッフを支援するのが目的の団体で、女優らが正会員となり、プロダクションが準会員、メーカーが賛助会員として参加するという形を取る、いわばAV「表現者」の労働組合を目指した。これが出演強要問題に対する、「表現者」側からの解決策だということだ。

「出演者とプロダクションの間で交わす統一契約書をつくるなどして、正会員(女優、男優、クリエイター)の働く環境を整えながら、人権侵害から守るようにすることを目指す。今回オープンした公式サイトなどを通じて、女優や男優などの正会員を募集していく」(「弁護士ドットコムニュース」2016年9月1日)

それまでそれぞれのメーカー、プロダクション、審査団体がバラバラに動いていたAV業界が、世論の影響を受け、ひとつのルール作りに向けて動き出しはじめた。このままではAV業界自体が潰されてしまうという危機感は、それほど強かったのだ。

そして、その結論として生まれたのが、「適正AV」という言葉であった。

〈参考資料〉

井川楊枝『モザイクの向こう側』(双葉社、2016年)
『朝日新聞』夕刊2016年6月13日付
「産経ニュース」2016年6月18日
「NHKニュース」2016年7月8日
「弁護士ドットコムニュース」2016年7月11日、9月1日
「YAHOO!ニュース」2016年5月27日