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じゃっ夏なんで

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2022.08.02

33 AVと人権
適正AVの時代

安田理央

1981年に発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』にはじまるとされるアダルトビデオは、その誕生から今年で40年を迎える。欧米のポルノビデオとはまったく異なる独自の進化/深化をたどり、世界の性産業に影響を与える日本のエロビデオ文化を、アダルトメディア研究家の安田理央が、その前史から現代に至るまで、メディア、流行、社会状況、規制との駆け引きなど多様な視点から歴史化する連載。

適正AVの誕生

出演強要問題を受けて、2017年4月1日に発足したのが、「AV業界改革推進有識者委員会」だ。法社会学者の志田陽子、犯罪学者の河合幹雄、そして弁護士の山口貴士、歌門彩という表現規制や犯罪学などに詳しいAV業界外の有識者を委員とする第三者委員会である。

7月29日に行われたAVAN主催のパネルディスカッションで、河合委員はこの有識者委員会が発足した理由をこう語っている。

 日本の場合、産業に対する業界団体が決まっていることがほとんどです。立法や行政指導などルールを変える際には、業界、官僚、有識者が話し合って、業界側に大丈夫か確認を取って、OKなら初めて通ります。
 ところが、AV業界は名前だけは「業界」なのに、働く人間をケアするためのしっかりした業界団体もなければ、監督官庁が不明でした。パチンコや風俗は、はっきりと警察が監督官庁ですが、AVの場合は明確になっていない。強いて言えば警察なのかもしれません。
 おそらく内閣府の男女共同参画会議は、そうした状況を改正しようと思っているのでしょう。〔……〕どんな改革をさせられるかわからなければ業界側も怖いでしょうし、改革する側もそれが業界に合っているかわからない」(「しらべえ」2017年8月17日)

「その隙間を埋めるために我々がいます」と河合は言う。「ある種の監督官庁のような役」を担うのが、AV業界改革推進有識者委員会なのだと説明している。

そしてこの有識者委員会が提唱したのが、「適正AV」という概念だった。

IPPA(知的財産振興協会)の公式サイトには、「適正AV」の説明として、こう書かれている。

「適正AV」とは、AV人権倫理機構が提唱する「女優の人権に配慮した過程を経て制作され、正規の審査団体の審査を受けたAV作品」のことをいいます。(作品の表現内容に関して指すものではありません。)

ここで出てくる「AV人権倫理機構」(人権倫)とは、AV業界改革推進有識者委員会の後継組織(2017年10年1日発足)である。

IPPAに加入したメーカーが、人権倫が提唱するルールを守って制作し、IPPAに加入している審査団体の審査を受けた作品を「適正AV」と位置づけ、無審査AVや海外配信の無修正作品とは分けて認識してもらおうということだ。

そして配信・通販サイトのDMM.R18(現FANZA)やレンタルチェーンのTSUTAYAといった大手の流通は適正AVのみを扱うといった方針も打ち出される。

つまり「普通のAV」は適正AVを指し、IPPAに加入していないメーカーの作品は「非」適正AVとなるわけだ。

90年代のビデ倫作品とインディーズ作品の対立を思い出すが、適正AVは作品の制作過程にも言及しているところが新しい考え方だった。いや、むしろ説明に「作品の表現内容に関して指すものではありません」と注釈を付けているように、内容ではなく、あくまでも制作過程において人権侵害がないかをチェックするのだと強調している。

7月29日のイベントでも、志田代表委員がこう発言している。

 第三者委員会が掲げる「適正AV」という概念は、内容について是正を求めるものではありません。制作される途中のプロセスで「人権侵害」がないか、女優さんの場合だと、「こんなはずじゃなかったのに」とか「契約違反じゃないか」とか、不満も不安もない中で、出演者と制作者が同意してつくるものが「適正AV」です。
作品の内容については、私たちはタッチしないことになります。(「しらべえ」2017年8月17日)

ただ実際には、日本コンテンツ審査センター、日本映像ソフト制作・販売倫理機構、ビジュアルソフト・コンテンツ産業協同組合などのIPPAの指定審査団体の審査が必要なため、内容に関しても規制があるといえるのだが……。

2018年から「適正」ルールは順次実施されていった。そして2019年に入ると「適正AV」のシールが貼られたAV作品が流通していき、AVは新しい時代を迎えた。


「適正AV」シールのデザイン

定められた新しい「ルール」

「適正」ルールは、プロダクションとの契約の時点から作品の販売終了に至るまで、多岐にわたり細かく定められている。

例えば、AVであることを隠して募集することを禁じ、面接時の様子も録画する。

さらにメーカーから支払われる出演料の総額と、実際に女優へ支払われる金額をきちんと説明することも求められる。つまりプロダクションがいくら「抜いた」のかを承諾してもらわなければならないのだ。プロダクションと女優の取り分は半々というのが一般的ではあったが、その割合はかなり差があり、中には9割もプロダクションが差し引いてしまうといったケースもあったようだ。

これによって、ギャラの流れはかなりクリーンになった。

また、女優が出演をキャンセルを申し出た場合、プロダクションやメーカーはキャンセル料や賠償金を要求できない。これは高額のキャンセル料を迫ることで、出演強要が行われるというケースを防ぐためだ。

さらに女優・男優を問わずに事前の性病検査が必須となる。

制作側として意外な負担となったのが、台本を撮影当日の集合時間の48時間前までに女優に渡して撮影内容を確認してもらわなければならないということだ。

筆者が『週刊プレイボーイ』に書いた「AV業界の潔癖すぎる!? 自主規制のウラ側」(2020年4月13日号)という記事では、この「適正」ルールに困惑する業界人たちを取材した。

撮影でおこなわれる内容は事前に全て女優に伝えなければならないため、台本にはセックスの回数はもちろん、どんな体位でするかも全て書かれているというのだ。人気監督の朝霧浄は、その苦労をこう語っている。

「書かれていないことはやっちゃいけないので、体位などはあらかじめ多めに書いておくんですよ。やらないだろうなという体位でも念の為に書いておく」(『週刊プレイボーイ』2020年4月13日号)

撮影ギリギリまで内容を悩むということは許されないのだ。しかし一方で、これは女優にとっては安心できる変化ではある。

「数年前までは、現場に行くまで何をするかわからないということが普通にあったんですよ。でも今は台本に男優さんの顔写真や体位の参考写真まで貼ってあったり、女優向けに『何かあったらいつでも撮影を止めて大丈夫ですから必ず言って下さい』といった内容の文言も書いてあるので、安心度は格段に上がったと思います」(同上)

そう語るのは、この時点でデビュー14年となっていた超ベテラン女優のつぼみだ。彼女がデビューした時期に比べると、業界は大きく変わったのだ。

もう一つの大きな変化は、作品は発売から5年を過ぎると、女優が要請すれば発売を停止することが出来るということだ。それまでは一度発売されてしまったら、メーカーがいつまででも再発することが出来たのだが、これを差し止めることが可能になったのだ。

さらに出演作がオムニバスなどの再編集作品に再使用される時は、出演女優に二次使用料が払われることも決められた。

メーカー、プロダクション、そして多くのAV女優にヒアリングをした上で決められたこの「適正AV」ルールに従って、AV業界は動き出していったのだ。

分断されるAV業界

AVが「適正AV」となったことによって、失われたものもあった。

それがドキュメンタリー性だ。「適正」ルールの中に「撮影で行われる内容は事前に全て女優に伝えなければならない」という項目があるため、撮影はすべて台本どおりに進行しなければならない。

いわゆるドッキリ物や、行き当たりばったりの旅行を撮影するロードムービー物などは作れなくなるわけだ。

また、人権倫の正会員である日本プロダクション協会、および第二プロダクション協会のいずれかに加入しているプロダクションの所属女優でなければ、適正AVには出演できないからだ(プロダクションに所属していないフリーランスの女優でも、第二プロダクション協会傘下のフリー女優連盟に所属していれば出演が可能)。

つまり素人女性は、事実上出演することは不可能。ということは、ナンパ物は作くれなくなるのだ。

もちろん、そうした設定による「ヤラセ」で撮ることは可能だし、実際にこの後もそうした作品は数多く作られている。

しかし、AVがそれまでの成人映画とは違った新しい性表現メディアとして存在を確立できたのは、機動性に優れたビデオという撮影方法ならではの特性であるドキュメント性による所が大きかった。

そして90年代にバクシーシ山下やカンパニー松尾、平野勝之らに代表される若き監督たちがAVというジャンルの表現の枠を大きく広げることができたのもドキュメントという手法ならではだった。

それがここで失われてしまうことになったのは残念でならない。

そうした異色ドキュメント作品の梁山泊として機能したメーカー、V&Rプランニングの総帥であった安達かおるもまた、この「適正AV」からはみ出してしまった。

安達かおる率いるV&Rプランニングは審査団体を通さない自主規制によって作品をリリースしていた。90年代に内容を巡ってビデ倫と激しく軋轢があった経緯から、審査団体に対する不信感を拭えないのだろう。

しかしIPPAの指定審査団体の審査を経ていなければ「適正AV」とはならない。

安達は、適正AVに対してこう発言している。

「第三者にモラル、倫理の判断を預けたくない。何を表現する、しないを自分で決めたい。お金やモザイクの濃い、薄いの問題ではないのです」(「withnews」2018年7月6日)

「AVというのは僕はある意味、他のメディアでは映しきれない人間の裏側を描ける、貴重な表現手段だと思っています。4月にAV業界改革有識者委員会ができて『適正AV』という言葉も生まれましたが、AVが社会に迎合してしまったら存在意義はなくなるのではないか。もちろん、出演強要被害を無くすことはとても大事だから、委員会の取り組みには賛同しています。しかし適正と不適正にAVを分断することに対しては、僕はふざけるなと言いたい」(「ダ・ヴィンチWeb」2017年7月7日)

さらに安達は「適正AV」に参加していない個人メーカーなどを会員とする「映像制作者ネットワーク」を設立し、勉強会をおこなうなど独自の活動を見せた。もともと安達は、女優の身元確認の記録化や出演契約書の書面化など、健全化に向けた試みを以前からおこなっていたのだ。

しかし、日本プロダクション協会や第二プロダクション協会は「適正AV」以外に女優を派遣することが出来ない。

V&Rプランニングをはじめとする「非・適正AV」は、フリーの女優や素人モデルを起用するしかなかった。

同じように一時期は有名女優が数多く出演していた海外配信の無修正動画も、無名の女優しか出演しなくなり、勢いを失っていた。

安達かおるが指摘していたように日本のAVは、適正AVと非・適正AVに、はっきりと分断されていった。

〈参考資料〉

『週刊プレイボーイ』2020年4月13日号(集英社)
『毎日新聞』2017年10月4日、2018年11月12日
「しらべえ」2017年8月17日、12月29日
「withnews」2018年7月6日
「ダ・ヴィンチWeb」2017年7月7日
「弁護士ドットコムニュース」2019年11月17日
「ねとらぼ」2017年10月6日
「XCITY」2019年5月14日
「AV人権倫理機構 2021年活動報告書」