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2022.07.08

09 海の上の「普通の暮らし」【帆船みらいへ】

今井夕華

編集者にして無類の“バックヤードウォッチャー”である今井夕華が、さまざまな施設、企業、お店の“裏側”に潜入して、その現場ならではの道具やレイアウト、独自のルールといったバックヤードの知恵をマニアックに紹介する連載企画。

表舞台編

こんにちは。編集者でバックヤードウォッチャーの今井夕華です。今回は船に乗せてもらいました! 嬉しい! 海無し県群馬出身の私にとって、憧れの存在である「海」。そして圧倒的に馴染みのない「船」。無条件に喜びが湧き上がります。熊本出身の友人は、マイカーのノリでマイ船を持っていて、幼少期から「ちょっと船で釣り行こうか」みたいな遊びをしていたそうです。羨ましすぎる……。今回お邪魔した船は「みらいへ」という帆船(はんせん)。馴染みがない人からすると「そもそも帆船って何?」という感じだと思いますが、大きな帆を張って、風を受けて進む船のこと。風で進むって普通に考えてすごい話ですよね。


みらいへは日本で唯一、一般の人が自由に乗ることができる帆船。子どもたちの修学旅行や、コミュニケーション能力を養う新入社員研修など、人材育成を目的としたプログラムを提供しています。力を合わせて帆を張ったり、甲板の掃除をしたりして、数日間海の上で一緒に過ごすなんて、人間力が試されそうですよね。写真の横棒の部分、マストに登る体験もできちゃいます。怖いけど面白そうだなあ。ちなみに、あのタモリさんが名誉船長を務めている船でもあります。

今回はみらいへスタッフの田中稔彦さん(写真右)にご案内いただきました。写真左は筆者です。田中さんは、今から25年ほど前、この船がみらいへという名前になる前から乗っている人。本業は別にあって、海にも船にも興味がなかったのに、偶然一週間の航海に参加したことがきっかけで虜になってしまったそう。海外の帆船レースにもエントリーをしたり、航海日記で海洋文学大賞を取ったり、総航海距離でいうとなんと地球2周以上もしていたりという猛者です。

舞台裏編


健気さNo.1、愛しの「フェンダー」

まずは船の外側から観察していきます。岸と船の間に赤い球体を発見。船が波でゆらゆら揺れても、この球体がぎゅうっとなって船体が傷付かない仕組みです。ちょっと見ている間にもぎゅっ、ぎゅう、ぎゅぎゅう。めちゃめちゃ挟まれてます。健気に働いてるなあ。聞けばこの球体は「フェンダー」という名前なのだそう。おいおい、かっこいい名前持ってんじゃん! しかもすんごい重いらしい。岸の下の方は貝がいっぱいついていて特にゴツゴツしているため、フェンダー無しでは船はズタズタ。今日も一生懸命船体を守っているのです。愛しい存在ですね。


いざ、船内へお邪魔します。こちらが乗組員の居住スペース。かなりギッチリな狭小空間ですが、カーテンもついていて意外と落ち着く感じ。枕元には救命胴衣が備え付けられていて、急なピンチにもすぐに対応できます。波で揺られても落ちてこないように、横棒で固定されているのが特徴的。枕元の小物入れもあみあみなので、スマホがどっかに転がっていっちゃう心配もご無用です。

ウォークイン冷蔵

続いて案内してもらったのは、ウォークインクローゼットならぬ、ウォークイン冷蔵室です。金属製の重厚なラックと段ボールを駆使した「やや見える収納」で、こちらも波対策をしながら在庫把握バッチリ。

ニンジン、キャベツなどの野菜、お肉やお魚、卵、漬物、ドレッシング、飲み物はアルコールまで、一般的なスーパー並みの品揃えです。え、超便利じゃん。船だからって舐めていましたが「THE保存食」みたいなものではなくて、ちゃんと普通のご飯が海の上で食べられるんですね。そのうえ田中さんによると、パーティーが催されることもあるそう。ビールはキリンもアサヒもあるし、別の場所にプラスチック製ですがシャンパングラスも仕舞ってありました。LEDの電飾や大きなスピーカーもあって、かなりちゃんとパーティーができちゃいます。船での暮らし、なんて豊かなんだ。カルチャーショックがすごいです。


大人数での生活なので、箱買い、業務用は当たり前。多い時で50人ほどの大人が、2〜3週間の航海に出る際、十分に暮らせるくらいの量をストックするのだそう。

常温の食料倉庫もあります。こちらには無洗米や乾物が。やっぱりお米は無洗米なんですね。生春巻きの皮も発見しました。


ちなみに、冷蔵室の入り口には緊急ベルが設置してあって、何らかの事情で閉じ込められてしまったときに助けを呼べる仕組みです。電気のスイッチと紛らわしい場所なので、何かをくすねに来た人が間違えて鳴らして、自分の悪事を堂々と発表してしまうこともあるとか。寒い冷蔵室に閉じ込められるのも嫌だけど、一人で甘いもの食べてたのがバレるっていうのも最悪ですね。

ミントグリーンのエンジンルーム

続いては、地下に続く細いハシゴを降りてエンジンルームに来ました。狭い空間にぎっしりと機械が詰め込まれていて、話し声が聞こえないくらいすごい音です。ビジュアル、かっこ良すぎます! さまざまな用途のパイプが縦横無尽に這っていて、しばしうっとり。


船の心臓部分ともいえるこの場所には、船を動かすエンジンや、汚水処理の機械、給油の機械などがモリモリ積まれています。帆船なので、基本的には風を受けて進むのですが、補助的にエンジンも付いているそう。農業のイメージが強いヤンマー。実は船舶関係にも強いんですね。機械類は爽やかなミントグリーンに塗装されていて、すっきりと統一感があります。


海上でのトラブルもあり得るため、簡単な処置や修理は乗組員の人が対応します。年季が入っていて、きっとこれまでいろんな場面を乗り越えてきたんだなあと感慨深くなります。こちらは「海洋生物付着防止装置」。そんなのあるんですね。道具類はお手製の針金フックでひっかけられています。

海水に強い木材

お次は甲板です。なんかあの、海賊とか、ディズニーとかにあるあれだ! 船モノでよく見るあの「取手」があるぞ! 私レベルの人間には、取手の名称が分からず、そもそもなんて検索をしたら良いのかすら分かりませんでしたが、舵ですね。かじ。木で出来ている素敵な舵です。田中さんの右上にある接続された何かの機械もクールですね。


甲板も木で出来ています。この船、ところどころ木材が使われているから、レトロな雰囲気で温かみがあるんですよね。甲板は、海水に強くて硬いチーク材です。チークはゆっくり育つため目が詰まっているそう。近年値段が高騰しているので、修理や張り直しにもかなりお金がかかります。帆を張るロープを固定する部分に使っているのは「リグナムバイタ」という木材。すんごく硬い材で、Wikipediaによると、硬すぎて金属用の機械じゃないと切削出来ないらしい。リグナムバイタ、名前も強そうだし、何度も言いたくなるなあ。

光の射す操舵室

続いてやってきたのは、操舵室(そうだしつ)。操舵室も言いたくなる名前です。フェンダー、リグナムバイタ、操舵室。専門用語って楽しいですよね。ミントグリーンの機械と木目調の壁、窓から射す自然光の調和がお見事です。この部屋好きだなあ。


あの旗、「国際信号旗」もあります! 1年だけ放送された最高のバラエティ番組『ヨルタモリ』では、隠しメッセージ的に使われていたり、ジブリアニメ『コクリコ坂から』(2011)にも重要アイテムとして出てきましたよね。コクリコは、1960-70年代の熱気ある時代背景も好きだし、サントラもめちゃめちゃ良いんだよな。まだ観ていない人は、夏に観るのおすすめですよ。船もたくさん出てきますので。


操縦席の反対側には、海図を広げる机、電話やFAX、プリンター、シュレッダーに至るまでバッチリ完備されています。ちゃんとオフィスでびっくり! 波対策は徹底されていて、棚はすべて扉付き、引き出しはボタンを押しながら引かないと出てこない仕組みです。

波に揺れたり、煮たり揚げたり

最後にお邪魔したのは、キッチンスペース。さすが50人分の料理をつくるだけあって、なかなかに広い厨房です。ここは波対策の塊のような場所でした。中央の銀テーブルには縁が付いていて、作業中のバットやお皿が飛び出さない仕組み。左手前の引き出しはロック付きで、グラスやカトラリーが仕舞われています。ゴミ箱は蓋付きだし、調味料は段ボールに入っているし。長年の知識と工夫が詰まっています。


コンロ台もあるので、煮物揚げ物なんのその。時化(しけ)のときはかなり揺れるので、ふた周りくらい大きな鍋に入れて調理をするそう。普段一人暮らしをしていても揚げ物なんて滅多にやらないし「船の中で揚げ物なんて危ないからやめなよ」と思ってしまいますが、ちゃんと対策されているのです。

お皿収納はストッパー付きの棚に。ザルも飛んでいかないように、ふきんの上に置かれています。下に敷くものでいうと、100円ショップで見つけたコルクの鍋敷きが意外と良くて、たくさん買い込んだのだとか。


今回お邪魔してみて、みらいへのバックヤードは「意外と普通に良い暮らしができる、波揺れ対策バッチリの場所」だと思いました。海の上だけど、ちゃんと「普通の暮らし」がある。職場と家の役割が、心地よく混在しているんですよね。田中さん、みらいへのみなさん、お邪魔しました!

 

田中稔彦
Toshihiko TANAKA
帆船「みらいへ」クルー、舞台照明デザイナー、フォトグラファー。帆船界隈でのニックネームは「ぶんごー」。1997年から帆船「あこがれ」「海星」のボランティアクルーとして活動。アメリカやヨーロッパの帆船にも乗船経験あり。2000年に大西洋横断帆船レース、2002年には韓国〜日本の帆船レースに参加。大西洋横断帆船レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学賞、大賞受賞。

 


沼田学(撮影)
Manabu NUMATA

北海道出身。プロの野次馬・どこでも出没カメラマン。生来の巻き込まれ体質を活かし、どアンダーグラウンドな物事をポップに探究・撮影しつつ、雑誌、広告などでお仕事中。築地市場の濃い面々を取材した写真集『築地魚河岸ブルース』刊行→https://goo.gl/oH3q7N
ライフワークは餅つき。搗くのが好きすぎて出張餅つきユニット『もちはもちや』はじめました。お祝い事や賑やかしに是非どうぞ! https://bit.ly/352g2oF

今井夕華

Yuka IMAI
フリーランスの編集者/バックヤードウォッチャー。1993年群馬県生まれ。多摩美術大学卒業。小学校の頃から社会科見学が好きで、大学の卒業制作では多数の染織工場を取材。求人サイト「日本仕事百貨」を経て2020年フリーランスに。人間味あふれるバックヤードと、何かが大好きでたまらない人が大好きです。

https://imaiyuka.net/